大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2420号 判決 1998年3月25日
原告
宮川裕
原告
中村忠彦
原告
福山介英
原告
宮内省吾
原告ら訴訟代理人弁護士
町田正男
同
西澤圭助
同
水永誠二
被告
東海旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
須田寛
右訴訟代理人弁護士
佐治良三
同
後藤武夫
同
加藤茂
同
中町誠
同
中山慈夫
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が、原告宮川裕及び原告中村忠彦に対してした平成四年一二月一日付各戒告処分並びに原告福山介英及び原告宮内省吾に対してした同日付各訓告処分がいずれも無効であることを確認する。
2 被告は、原告宮川裕及び原告中村忠彦に対し各一一五万円、原告福山介英及び原告宮内省吾に対し各六〇万円並びに右各金員に対する平成五年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行の宣言
二 被告
主文同旨の判決並びに仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告宮川裕(以下「原告宮川」という。その余の原告らについても、同じ用法による。)は、昭和四九年四月一日、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に採用された後、昭和六二年四月一日、国鉄の分割民営化によって発足した被告に入社し、以後被告の大阪第三車両所(以下単に「大阪第三車両所」という。)の車両技術係として稼働している。
(二) 原告中村は、昭和五七年一月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、国鉄の分割民営化によって発足した被告に入社し、同年一〇月一日以降、大阪第三車両所の車両係として稼働している。
(三) 原告福山は、昭和五一年七月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、国鉄の分割民営化によって発足した被告に入社し、平成二年二月一日以降、大阪第三車両所の車両技術係として稼働している。
(四) 原告宮内は、昭和五二年四月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、国鉄の分割民営化によって発足した被告に入社し、平成三年三月一日以降、大阪第三車両所の車両技術係として稼働している。
(五) 原告らは、いずれもジェイアール東海労働組合(以下「JR東海労」という。)の組合員であり、JR東海労新幹線地方本部(以下「JR東海労新幹線地本」という。)の大阪第三車両所分会(以下、単に「大阪第三車両所分会」という。)に所属している。そして、原告福山はJR東海労新幹線地本執行委員の、原告宮内は大阪第三車両所分会執行委員の、各役職にある。
なお、大阪第三車両所分会は、九五名の所属組合員を擁し、JR東海労の拠点職場の一つである。また、平成五年二月一日の時点における大阪第三車両所における他組合の組織状況(組合員数)は、東海旅客鉄道労働組合(以下「東海労組」という。)が一三二名、国鉄労働組合(以下「国労」という。)が五八名、東海鉄道産業労働組合(以下「鉄産労」という。)が三一名であった。
2(一) 被告は、国鉄が昭和六二年四月一日に分割民営化されたのに伴い、東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸送等を業とする会社として発足したもので、本社を肩書地に置き、名古屋市に東海鉄道事業本部、東京に新幹線鉄道事業本部があり、静岡市及び大阪市に支社を、津市及び長野県飯田市に支店を有し、約二万二〇〇〇名の従業員を擁している(平成五年三月現在)。
(二) 大阪第三車両所は、大阪府摂津市に所在し、被告の新幹線鉄道事業本部関西支社(以下「被告関西支社」という。)の管轄下にある新幹線車両の検査、修理部門で、平成五年二月一日現在の所属従業員数は、三一九名であり、原告宮内は台車組立班に、その余の原告らは軸箱組立班に、それぞれ属していた。
3(一) 被告には、被告及び関連会社の従業員で組織された労働組合として、JR東海労、東海労組、国労などが存在していた。
(二) 被告は、発足当初、東海労組と共同歩調をとった結果、労使関係は安定し、業績も向上したが、次第に、他の労働組合との連繋を強めるとともに、東海労組が加盟していた全日本鉄道労働組合総連合会(以下「JR総連」という。)の運動方針を嫌悪するようになり、JR総連派であった東海労組委員長の佐藤政雄(以下「佐藤」という。)の解任を策すなど、東海労組をJR総連から脱退させることを画策した。
(三) その結果、東海労組内の動力車乗務員を中心としたJR総連派組合員は、やむを得ず、東海労組を脱退し、平成三年八月一一日、JR東海労を結成するに至り、その後、東海労組は、JR総連から脱退した。
(四) 被告は、JR東海労結成後、その組合員に対する脱退慫慂、組合掲示板の不貸与等数々の不当労働行為を行っており、JR東海労は、被告を相手方として、各地の地方労働委員会に救済を申し立てている。
4(一) 被告は、平成四年一二月一日、原告宮川及び原告中村に対し、被告の就業規則一〇四(ママ)条二号所定の懲戒事由(上長の業務命令に服従しなかった場合)に該当する行為があったことを理由に、就業規則一四一条一項五号により、各戒告処分を行い、同日、原告福山及び原告宮内に対し、同様の理由により、就業規則一四一条二項(懲戒を行う程度に至らないものは訓告又は厳重注意する)により、各訓告処分を行った(以下、原告らに対する各戒告処分及び各訓告処分を合わせて、「本件各処分」という。)。
(二) しかしながら、本件各処分は、後記のとおり、懲戒事由を欠き、あるいは、JR東海労の弱体化を目的とした不当労働行為に該当するから、違法かつ無効というべきである。
5(一) 原告らは、被告の行った違法な本件各処分によって、故なく被処分者たる地位に立たされ、多大の精神的苦痛を受けるとともに、その名誉及び信用を著しく毀損された。
原告らが被った精神的損害を金銭に評価すれば、原告宮川及び原告中村については各一〇〇万円を、原告福山及び原告宮内については各五〇万円を、それぞれ下らない。
(二) また、原告らは、本件請求を行うに当たって、原告ら訴訟代理人に訴訟行為を委任し、原告宮川及び原告中村については各一五万円を、原告福山及び原告宮内については各一〇万円を、それぞれ報酬として支払うことを約し、これと同額の損害を被った。
6 よって、原告らは、被告に対し、本件各処分が無効であることの確認を求めるとともに、原告宮川及び原告中村については各一一五万円の、原告福山及び原告宮内については各六〇万円の、損害金並びに右各損害金に対する訴状送達の日の翌日である平成五年四月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)のうち、原告宮川が大阪第三車両所の車両技術係として稼働し始めた時期は否認し、その余の事実は認める。
原告宮川が大阪第三車両所の車両技術係として稼働し始めたのは、平成元年三月である。
(二) 同(二)ないし(四)の事実は認める。
(三) 同(五)のうち、原告らがJR東海労の組合員であること、原告福山がJR東海労新幹線地本執行委員であること及び原告宮内が大阪第三車両所分会執行委員であることは認め、その余は不知。
なお、大阪第三車両所における平成五年二月一日の時点の労働組合の組織状況(組合員数)は、JR東海労が九四名、東海労組が一三三名、国労が六一名、鉄産労が二九名であった。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は概ね認める。
ただし、大阪第三車両所の所属従業員数は、平成五年二月一日の時点で三二〇名であり、原告宮内を除くその余の原告らが属しているのは輪軸組立班である。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同(二)のうち、被告の業績が向上したことは認め、その余は争う。
(三) 同(三)のうち、被告が平成三年八月一一日にJR東海労から労働組合の結成通知を受けたこと及び東海労組がJR総連から脱退したことは認め、その余は争う。
(四) 同(四)のうち、JR東海労が被告を相手方として各地の地方労働委員会に救済を申し立てていることは認め、その余は争う。
4(一) 同4(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の主張は争う。
5(一) 同5(一)の主張は争う。
(二) 同(二)の事実は不知。
三 被告の主張
本件各処分は、次に述べるように、何ら瑕疵はなく、適法かつ有効であることは明らかである。
1 本件各処分に至る経緯
(一) 被告は、平成四年三月一四日のダイヤ改正時において、新幹線車両一二一編製(ママ)(一九三六両)を保有していたが、その運行の安全や旅客の快適性を確保するため、車両の定期的な各種検査、修繕を行っている。
これらの検査は、各地に設けられた車両所で行われていたが、原告らの所属する大阪第三車両所は、被告における新幹線車両の台車検査を専門的に実施する唯一の機関であり、試運転班、ブレーキ班、主電動機班、輪軸組立班等で組織されている。
(二) 被告は、平成四年三月一四日に実施した運転ダイヤ改正により、東海道新幹線において、最高時速二七〇キロメートル、東京・新大阪間を二時間三〇分で結ぶ「のぞみ」号の運行を開始した。
ところで、右運転条件を満足させるには、従来型の新幹線車両では不充分であったため、被告は、昭和六三年一月から、プロジェクトチームを設けて新型車両(「のぞみ」型車両・以下「三〇〇系車両」という。)の開発に取り組むとともに、必要とされる地上設備の改良にも着手していた。三〇〇系車両は、平成二年三月に試作の一編成一六両が完成し、速度向上をはじめとする実用化のための各種試験を経た後、平成四年三月一四日から営業運転を開始するに至った。そして、被告は、営業運転に必要な三〇〇系車両四編成六四両を発注し、平成三年二月以降三〇〇系車両が順次納車されてきた。
被告は、さらに、平成五年三月一八日から、「のぞみ」号の運転区間を東京・博多間まで延長し、運転本数も、東京・新大阪間で、上下計三四本に増加することを計画したが、三〇〇系車両は、従来の車両(〇系、一〇〇系)に比して、随所に新技術が取り入れられており、車体の構造、主電動機の制御方式、台車の構造等、従来の車両とは全く異なるものであったため、被告における新幹線車両の台車検査を専門的に実施する唯一の機関である大阪第三車両所においても、三〇〇系車両の台車検査のため、従来の車両の検修設備とは異なる新たな検修ラインが必要となり、その着工に着手した。この新たな検修ラインは、平成四年九月一三日に竣工し、三〇〇系車両の台車検修は、同年一〇月二〇日以降順次行うことな(ママ)った。
(三) 右のとおり、三〇〇系車両は従来の車両と機器が異なり、検修ラインも新たなものになったことから、被告は、大阪第三車両所の従業員に対して技術教育及び訓練を実施する必要が生じた。そこで、被告は、従来の車両(〇系、一〇〇系)と三〇〇系車両との相違点を中心とした新技術教育及び三〇〇系車両対応設備の機能確認、取扱教育を行うこととし、訓練方法としては、次のとおり、机上教育、担務別技能訓練及び実地の台車交換訓練を実施することにした。
なお、これらの訓練は、いずれも時間外労働として計画されたが、その理由は、大阪第三車両所における車両の検査業務の状況から、勤務時間内に全員が訓練を受けられる空白日を設けることが困難であるとの判断に基づくものであった。
(1) 机上教育(机上訓練)
一教科を二時間として、概要、制御、ブレーキ及び台車の四教科合計八時間を関係従業員全員に受講させることとし、平成四年六月一五日から同年七月一一日までの間の所定勤務時間外(午後六時三五分から午後八時三五分まで)に実施することとした。
(2) 担務別技能訓練
平成四年九月一七日、一八日及び予備日の同月一九日に、各担務毎に一単位二時間とし、二単位合計四時間を所定勤務時間外に受講させることとした。
(3) 台車交換訓練
三〇〇系車両の実車を使用し、平成四年九月三〇日の休日に所定勤務時間外で三時間の訓練を二回連続して、合計六時間の実地訓練(車体からの台車取り外し及び取付け訓練)を行うこととした。
(四) 右各訓練を実施した結果、机上教育については対象従業員二八九名のうち五九名の、担務別技能訓練については対象従業員一七四名のうち八九名の、台車交換訓練については対象従業員六五名のうち八名の、各未終了者が出た。
被告は、これらの訓練が、主力商品の「のぞみ」号に使用する三〇〇系車両の台車検査を行う上で必要不可欠のものであり、訓練未終了者の存在は、三〇〇系車両の台車検査の円滑な実施、ひいては「のぞみ」号の正常運行の重大な障害になりかねない問題であると考えていたところ、多数の未終了者の出現が確実となったことから、平成四年九月二四日、再度計画を立て直した(以下この計画を「再訓練計画」という。)。再訓練計画においては、机上教育を同年一〇月五日、六日、八日、九日、一二日、一三日に、担務別技能訓練を同月一日、二日、一二日、一三日に、台車交換訓練を同月七日に、それぞれ実施することとし、被告は、同年九月三〇日夜以降、対象となる従業員に対し、受講するよう命じた。
(五) 被告の就業規則六七条一項は、「会社は、労基法第三三条に該当する場合又は同法第三六条に基づく協定を締結した場合は、労基法第三二条(ただし、政令に定めがある場合はその時間)、同法第三二条の二及び同法第四〇条又は同法第三五条の規定にかかわらず、社員に労働時間外又は公休日に勤務を命ずることがある。」旨を定め、さらに、同条第三項は、「社員は、前各項により労働時間外又は休日等の勤務を命ぜられたときは、正当な理由がなければ、これを拒むことはできない。」旨を定めている。そして、被告と原告らの所属するJR東海労の間で締結された基本協約にも、右就業規則と同内容の規定がある。
大阪第三車両所においては、平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの一年間及び平成四年一〇月一日から平成五年九月三〇日までの一年間について、大阪第三車両所の従業員の過半数を組織する労働組合が存在しなかった。そこで、被告は、東海労組、国労及び鉄産労との間で協定を結ぶことにより、労基法三六条の要件を満たすいわゆる三六協定を締結し、所轄労働基準監督署に届け出ていたが、この協定の二条三号には、時間外労働を命じ得る場合として、「打合せ会、説明会及び講習会等を時間外に行う必要があるとき」などが規定されている。
右に述べた事情から明らかなように、大阪第三車両所で働く従業員は、被告が三六協定に基づく時間外労働命令を発した場合、この命令に応ずべき義務があるというべきである。
(六) 被告は、再訓練計画に関し、平成四年九月三〇日、対象者に対し、対象者を各実施日に割り当てた計画表を示すとともに、同日以降、電話や口頭で、訓練受講の指示を行った。この指示は、被告が、前記三六協定の二条三号に基づいて発した時間外労働命令であり、命ぜられた従業員は、正当な理由を告知しない限り、時間外労働義務を負うというべきである。
2 原告らの時間外労働命令拒否
(一) 被告は、再訓練計画を実施するため、原告らを含む対象者に対し、時間外労働命令(受講命令)を発したが、原告らを含む一八名がこの命令に従わず、受講を拒否した。
原告らに対する時間外労働命令がなされた時期及びこれに対する原告らの対応(拒否理由)は、次のとおりである。
(1) 原告宮川
平成四年一〇月
一日 「子供の世話」
二日 同
三日 「友人に会う」
五日 「できない」
六日 「用事」
九日 「子供の世話」
一二日 「家の関係」
一三日 「用事、しんどい」
(2) 原告中村
平成四年一〇月
一日 「明日休みをくれたらやる」
二日 「体調悪い」
三日 「家が遠い。頭が痛い」
一三日 無言
(3) 原告福山
平成四年一〇月
一日 「言う必要なし」
一三日 連絡なし
(4) 原告宮内
平成四年一〇月
六日 「用事がある」
一三日 「しんどい」
(二)(1) 右に述べたところによれば、原告らの時間外労働命令拒否は、いずれも正当な理由を欠くことが明らかであり、このことは、被告の就業規則六七条三項に違反し、一四〇条一号(法令、会社の諸規程等に違反した場合)及び二号(上長の業務命令に服従しなかった場合)各所定の懲戒事由に該当する。
(2) 被告は、大多数の従業員が時間外労働命令に応じて訓練を受けたこと、原告らを含む一八名の時間外労働命令拒否者に対して再訓練期間終了後さらに訓練を行わざるを得ず、業務に支障をきたしたことなどの事情に鑑み、これら時間外労働命令拒否者に対して厳正に対処することとした。そして、時間外労働命令拒否が一回にとどまる者は保留、二回の者は訓告(被告の就業規則一四一条二項所定の非懲戒処分)に、三回以上の者は戒告(同条一項所定の懲戒処分)に、それぞれ付するとの基準を設けた。
なお、被告においては、それまでに五件九名の時間外労働命令拒否の事例があったが、そのうちの二名を戒告に、七名を訓告に付しており、右原告らを含む時間外労働命令拒否者に対する対応は、過去の事例に照らしても、重いものではない。
3 本件各処分
以上の経過により、被告は、原告らに対し本件各処分を行ったものであるが、本件各処分は、適法、有効である。
四 被告の主張に対する認否
1(一) 被告の主張1(一)の事実は認める。
(二) 同(二)のうち、被告が昭和六三年一月からプロジェクトチームを設けて新車両の開発に取り組んだこと、被告が必要とされる地上設備の改良に着手したこと、平成二年三月に試作の三〇〇系車両一編成一六両が完成したこと、三〇〇系車両につき速度向上をはじめとする実用化のための各種試験が行われたこと及び被告が営業運転に必要な三〇〇系車両四編成六四両を発注し、平成三年二月以降三〇〇系車両が順次納車されてきたことは不知。その余の事実は認める。
(三) 同(三)のうち、机上教育を関係従業員全員に受講させることとしていたことは否認し、その余の事実は認める。
なお、被告が平成四年八月一四日に発表した訓練計画表によれば、台車交換訓練の実施日は、同年九月一六日とされていた。
(四) 同(四)のうち、担務別技能訓練に未終了者が出たこと、台車交換訓練の受講者がいたこと及び被告が机上教育を平成四年一〇月五日、六日、八日、九日、一二日、一三日に、担務別技能訓練を同月一日、二日、一二日、一三日に、台車交換訓練を同月七日にそれぞれ実施するとの再訓練計画を立てたことは認め、机上教育に未終了者が出たことは不知、その余の主張は争う。
(五) 同(五)の事実は認め、主張は争う。
(六) 同(六)のうち、被告が平成四年九月三〇日対象者に対して対象者を各実施日に割り当てた再訓練計画表を示したことは認め、その余の事実及び主張は争う。
2(一) 同2(一)のうち、被告が原告宮川に対して被告主張の日に時間外労働命令を発したこと、被告が原告中村に対して平成四年一〇月一日、二日、三日に時間外労働命令を発したこと及び被告が原告宮内に対して同一三日に時間外労働命令を発したことは認め、その余の事実は否認する。
(二)(1) 同(二)(1)の主張は争う。
(2) 同(2)のうち、原告ら以外に時間外労働命令を拒否した従業員がいたこと及び被告における過去の処分例は不知、その余の主張は争う。
3 同3のうち、被告が原告らに対し本件各処分を行ったことは認め、その余の主張は争う。
五 原告らの反論
1 被告の時間外労働命令の不当性
(一) 被告が担務別技能訓練及び台車交換訓練の実施計画を策定したのは平成四年八月一一日であり、机上教育の未終了者の存在は、この時点で判明していたことからすれば、被告には、当初関係従業員全員を対象として訓練を行う意思がなかったことは明らかである。
しかるに、被告は、平成四年一〇月二〇日の三〇〇系車両台車検査実施の直前になって、机上教育の未終了者を含めた関係従業員全員に訓練を受講させようとして、杜撰な再訓練計画を立案したのである。
(二) 被告が再訓練計画を発表し、従業員に受講を命じたのは、訓練開始日の前日である平成四年九月三〇日の夜以降であった。
また、再訓練計画については、終業時間後の時間外労働が可能な従業員は時間外労働として受講し、それができない従業員には勤務時間内に訓練を実施するという方法を採れば、全員が訓練を受けられる空白日を設けなくても、その実施は可能であった。しかるに、被告は、対象者全員に対する終業時間後の時間外労働による訓練を計画し、これを強行したことから、延べ六〇名以上の従業員に対する訓練を特休日や年休日の午後六時三〇分以降の時間帯に割り当てたり、休日の夕刻に訓練を受けるためだけに出勤することを強要したりすることとなった。
さらに、原告中村や原告宮川など、従業員の中には、片道の通勤時間が二時間から二時間四〇分もかかる者がいるが、訓練の終了時刻が午後八時三〇分になれば、帰宅は深夜になってしまう。
このように、再訓練計画は、従業員に対する周知を欠き、かつ、従業員の都合を無視した不当なものであった。
(三) さらに、関係従業員全員の受講を求めるのであれば、余裕をもった訓練期間の設定が必要であるにもかかわらず、被告は、当初計画されていた平成四年九月二四日以降の訓練を中止し、再訓練計画を策定したのである。
(四) 以上述べてきたように、被告の再訓練計画は、それ自体が不当なものであり、したがって、この訓練の受講を命じた時間外労働命令の不当性も明らかというべきである。
2 時間外労働命令拒否の正当な理由
(一) 前記被告の就業規則六七条三項は、正当な理由がなければ時間外労働命令を拒むことができない旨を規定しているが、この「正当な理由」の有無は、事後的、客観的に判断すべきであって、被告が主張するように、時間外労働命令の拒否に当たって、従業員が被告に正当な理由の告知を要するものではない。
(二) しかも、原告らは、時間外労働命令を拒否するに当たり、現場管理者に対して、次のとおり、具体的な理由を告げている。
(1) 原告宮川
原告宮川は、妻を亡くし、長男(当時七歳)を養育していたばかりでなく、前記のとおり、遠距離通勤をしていたため、時間外勤務に応じることは不可能であり、原告宮川の現場管理者も、右の事情を熟知していた。
のみならず、原告宮川は、平成四年一〇月一日ないし三日に、五日、六日、九日、一二日、一三日、現場管理者や上司に対し、右の事情を述べていた。
右のとおり、原告宮川には、時間外労働命令拒否の正当な理由があり、かつ、これを告知していたというべきであるから、原告宮川に時間外労働命令違反はない。
(2) 原告中村
原告中村は、前記のとおり、遠距離通勤をしていた上、極度の体調不良であって、時間外労働に応じることは不可能であり、平成四年九月一七日以降の訓練期間中から、現場管理者に対し、右の事情を告げていた。
のみならず、原告中村は、平成四年一〇月一日ないし三日に、現場管理者に対し、体調不良の事実を述べたところ、現場管理者は、これを認めて、同月三日の時間外労働命令を発しなかったし、同月五日にも、原告中村の体調不良を認めていた。さらに、同月一三日は、原告中村が病気で自宅療養した直後であり、被告に診断書を提出していたにもかかわらず、現場管理者が訓練の受講を打診してきたが、結局原告中村の体調不良を認め、時間外労働命令を発しなかったのである。
前記のとおり、原告中村については、平成四年一〇月一三日の時間外労働命令は存在しなかったのであるから、この命令の違反はあり得ない。さらに、同日の分を含めて、右のとおり、時間外労働命令拒否の正当な理由があり、かつ、これを告知していたというべきであるから、原告中村に時間外労働命令違反はない。
(3) 原告福山
前記のとおり、原告福山については、平成四年一〇月一日及び一三日の時間外労働命令は存在しなかったのであるから、時間外労働命令違反はない。
なお、平成四年一〇月一三日は、原告福山の特別休日であるから、出勤を命ずるためには、休日出勤命令を発しなければならないはずであるにもかかわらず、被告が主張するのは超過勤務としての時間外労働命令なのであるから、右命令はその意味においても無効というべきである。
(4) 原告宮内
原告宮内は、平成四年一〇月一三日の時間外労働命令につき、現場管理者に対し、体調不良を訴えた。
前記のとおり、原告宮内については、平成四年一〇月六日の時間外労働命令は存在しなかったのであるから、この命令の違反はあり得ない。さらに、同月一三日の時間外労働命令については、右のとおり、時間外労働命令拒否の正当な理由があり、かつ、これを告知していたというべきであるから、原告宮内に時間外労働命令違反はない。
3 懲戒権(処分権)の濫用
(一) 前記のとおり、平成四年九月二二日に開催された関西支社と大阪第三車両分会との業務委員会において、「時間内外を問わず訓練をする」旨の合意が成立した。そこで、大阪第三車両分会は、それまでの非協力体制を解き、所属組合員に対し、時間外労働が可能な者は受講し、無理な者は勤務時間内に行われる訓練を待つよう指示した。
大阪第三車両分会は、右業務委員会での合意内容を大阪第三車両分会青婦部作成(ママ)が作成した平成四年九月二日付けの書面で宣伝したばかりでなく、JR東海労と同様訓練に対する非協力の姿勢を示していた国労も、同月一八日、関西支社と行った業務委員会同(ママ)内容の合意に至った旨を記載し、非協力体制の解除を呼びかけた書面を掲示していたにもかかわらず、被告は、何ら抗議や撤回要求を行わなかった。
しかるに、被告は、右合意を一方的に破り、再訓練計画を強行したのである。
(二) 右の経緯に加え、原告らには、次のような事情があった。
(1) 原告宮川
原告宮川は、前記のとおり、遠距離通勤をしており、父子家庭で、小学一年生の子供の面倒をみる必要があったため、終業時間後に行われる訓練に参加することができなかった上、同居の母親も、手術後で体調が悪かった。
そこで、原告宮川は、右勤務時間内に行われる訓練を待つようにとのJR東海労の指示に従い、訓練を受講しなかったにすぎない。
(2) 原告中村
原告中村も、遠距離通勤者である上、当時は極度の体調不良で、終業時間後に行われる訓練を受講したら、睡眠時間も満足にとれず、翌日以降の勤務に耐えられない状態であった。また、原告中村は、仮に平成四年一〇月一三日の時間外労働命令が発せられていたとしても、その認識を欠いていたし、同月五日、六日が特別休日、同月八日、九日が年休であったため、残り五日間では訓練終了が不可能な日程であった。
(3) 原告福山
被告が原告福山に時間外労働を命じたと主張する平成四年一〇月一三日は、原告福山の特別休日であった。そして、原告福山以外の従業員で、特別休日に訓練受講のために出勤した者はいないにもかかわらず、原告福山のみが処分の対象とされているが、このような対応は、原告福山がJR東海労の役員であることを理由とする差別的取扱である。
(4) 原告宮内
被告の再訓練計画は、平成四年九月二九日になって急遽策定され、日程の余裕がなく、訓練日の割当も機械的で、従業員の休日等を考慮しないものであったにもかかわらず、被告は、疲労が蓄積していた原告宮内に対しても、この計画の実施を強行した。
また、原告宮内に対する平成四年一〇月六日の時間外労働命令は、仮に存在していたとしても、それ自体曖昧であり、原告宮内に明確に認識させていなかった。原告宮内にこのような業務命令に対する違反の責任を負わせることは、他の従業員の場合に比して差別的に、不利益な取扱をするものである。
(三) 再訓練計画が前記平成四年九月二二日の業務委員会における合意に反して策定され、強行されたものであることや右原告ら各自の事情を総合すれば、原告らに対する本件各処分は、被告の懲戒権(処分権)の濫用に該当することは明らかであり、無効というべきである。
4 不当労働行為
本件各処分は、次に述べるように、被告が、原告らが所属するJR東海労を嫌悪し、その弱体化の目的で原告らに対して行った不利益取扱であり、労組法七条一号所定の不当労働行為に該当するから、その点からも無効というべきである。
(一) 前記のとおり、大阪第三車両所に所属する被告の従業員の約三分の一が大阪第三車両所分会に加入しており、大阪第三車両所は、JR東海労の関西における拠点職場の一つであった。そして、原告らは、いずれも大阪第三車両所分会所属のJR東海労組合員であり、原告福山及び原告宮内は、大阪第三車両所分会の役員の地位にある。
(二) 被告は、平成三年春以降、当時の東海労組内のJR総連派の組合員を嫌悪し、これを排除するため、数々の策動を行ったが、その結果、JR総連を支持する組合員は、東海労組を脱退し、JR東海労を結成することを余儀なくされた。そして、JR東海労委員長の佐藤及びJR総連は、被告の不法行為責任を追及する損害賠償請求訴訟を東京地方裁判所に提起した。
(三) また、JR東海労結成後も、被告は、JR東海労の弱体化を図り、組合員に対する脱退慫慂、組合掲示板の不貸与等種々の不当労働行為を繰り返したため、JR東海労は、被告を相手方として、東京都、静岡県、愛知県の各地方労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。
(四) JR東海労は、組合活動の柱の一つとして、安全確立を掲げており、JR東海労新幹線地本及び大阪第三車両所分会は、被告に対し、三〇〇系車両運行についても、安全確保のため、大阪第三車両所における充分な台車検査訓練の実施を要求したり、安全が確保されるまで三〇〇系車両の営業運転を中止するよう申し入れていた。
ところが、被告は、JR東海労の大阪第三車両所における右取組を嫌悪し、平成四年九月二二日に、JR東海労新幹線地本との間で、勤務時間内に訓練を実施するとの確認をしたにもかかわらず、これを一方的に破棄し、訓練計画を強行し、前記のとおり、正当な理由によって、再訓練計画に従わなかった原告らに対して、本件各処分を行ったのである。
被告は、目玉商品である「のぞみ」号に使用する三〇〇系車両の安全確保を最優先するJR東海労を嫌悪し、その要求に一切耳を貸さないという態度に終始し、JR東海労の安全確立の要求を封殺するために、本件各処分を行ったのである。
(五) 被告においては、平成四年一一月六日、研修中の大卒従業員に、無免許で、新幹線や在来線の電車を運転させていたことが発覚し、社会的に大きな非難を浴びるという事態が生じた。
被告は、右無資格運転につき、平成四年一一月一八日、新幹線鉄道事業本部の運送営業部長ら二名を戒告処分に、東海鉄道事業本部の事業部長ら三名を訓告処分に、同事業本部長ら七名を厳重注意処分に、それぞれ付したが、無資格運転という乗客の安全を脅かし、鉄道事業関係者として絶対に行ってはならない重大な行為に及んだ関係者に対する処分に比して、原告らに対する本件各処分は、著しく均衡を失し、不当に重い処分である。
六 原告らの反論に対する認否
原告らの反論は、すべて争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 前記当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)、原告ら各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。
1 当事者
(一) 原告ら
(1) 原告宮川は、昭和四九年四月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、国鉄の分割民営化によって発足した被告に入社し、同年一〇月以降大阪第三車両所で勤務するようになり、平成元年三月に車両技術係となった。原告宮川は、平成五年九月に、大阪第三車両所から転出し、現在は、被告の大阪第二車両所で稼働している。
原告宮川は、当初国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)に加入しており、昭和六二年四月以降は東海労組の組合員となったが、平成三年八月一一日のJR東海労結成後は、JR東海労に加入している。
(2) 原告中村は、昭和五七年一月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、被告に入社し、同年一〇月一日、大阪第三車両所の車両係に配属された。原告中村は、その後三回の職務変更を経て、平成七年一二月以降は、大阪第三車両所のサービスセンターに所属している。
原告中村は、当初動労に加入しており、昭和六二年四月以降は東海労組の組合員となったが、平成三年八月一一日のJR東海労結成後は、JR東海労に加入し、大阪第三車両所分会に所属している。
原告中村は、現在大阪第三車両所分会執行委員の地位にある。
(3) 原告福山は、昭和五一年七月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、被告に入社し、平成二年二月一日以降、大阪第三車両所の車両技術係として稼働している。
原告福山は、当初動労に加入しており、昭和六二年四月以降は東海労組の組合員となったが、平成三年八月一一日のJR東海労結成後は、JR東海労に加入し、大阪第三車両所分会に所属している。
原告福山は、JR東海労新幹線地本の執行委員を務め、現在大阪第三車両所分会分会長の地位にある。
(4) 原告宮内は、昭和五二年四月一日、国鉄に採用された後、昭和六二年四月一日、被告に入社し、平成三年三月一日以降、大阪第三車両所の車両技術係として勤務した後、平成八年七月一日からは、大阪第三車両所のサービスセンターに所属している。
原告宮内は、当初国労に所属していたが、昭和五九年八月、動労に加入した。そして、昭和六二年四月以降は、東海労組の組合員となったが、平成三年八月一一日のJR東海労結成後は、JR東海労に加入し、大阪第三車両所分会に所属している。
原告宮内は、現在大阪第三車両所分会執行委員の地位にある。
(二) 被告
(1) 被告は、国鉄が昭和六二年四月一日に分割民営化されたのに伴い、東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸送等を業とする会社として発足した。被告は、本社を肩書地に置き、名古屋市に東海鉄道事業本部、東京都に新幹線鉄道事業本部があり、静岡市及び大阪市に支社を、津市及び長野県飯田市に支店を有し、平成五年三月現在約二万二〇〇〇名の従業員を擁していた。
(2) 大阪第三車両所は、大阪府摂津市安威川南町に所在し、被告関西支社の管轄下にある新幹線車両の検査、修理部門で、平成五年二月一日現在の所属従業員数は三一九名であった。
新幹線車両の検査には、仕業検査、運転検査、交番検査、台車検査、全般検査及び臨時検査の六種があり、右台車検査とは、車両の使用状況に応じ、原則として一二か月又は車両の走行距離が三〇万キロメートルを超えない期間のいずれか短い期間ごとに、主電動機、動力伝達装置、走行装置、ブレーキ装置の主要部分について行う定期検査であり、大阪第三車両所は、新幹線車両の台車検査を専門的に行う唯一の機関であった。
(3) 平成五年二月の時点における大阪第三車両所の組織は、所長、総務科長、検修科長を含む八名の助役、事務職名の従業員六名のほか、技術職名の従業員三〇五名がおり、右技術職名の従業員は、内勤技術、試運転班、ブレーキ班、主電動機班、輪軸組立班、台車組立班、特検班、輪軸検修班などに分けられて、配置されていた。そして、原告宮内は台車組立班に、その余の原告らは輪軸組立班に、それぞれ所属していた。
なお、大阪第三車両所の体制及び指揮命令系統は、別紙<略>記載のとおりである。
(三) 被告における労働組合活動の状況
(1) 国鉄の分割民営化に当たり、動労等国鉄の分割民営化を受け入れる方針を示した労働組合は、昭和六二年、組織統一を実現して、JR総連を結成するとともに、被告においても、東海労組を組織し、佐藤を中央執行委員長に選出した。東海労組は、当初は被告と共同関係にあり、労使関係は安定していた。しかし、平成二年六月ころから、JR総連によるストライキ権の確立、行使に向けての職場討議の提案を巡って、これに同調する佐藤を中心とした組合員(以下「JR総連派の組合員」という。)と右提案に反対する組合員との間に対立が生じた。そして、被告が右提案に反対の趣旨の意見を表明したことなどから、JR総連派の組合員と被告の経営陣との間に軋轢が生じ、JR総連派の組合員らは、被告がこれらの組合員を嫌悪し、意のままになる御用組合作りを目指して、佐藤の解任をはじめ、JR総連派の組合員の排除、東海労組のJR総連からの脱退を画策しているとの認識のもとに、被告に対する反発を強めた。
そして、JR総連派の組合員は、平成三年八月一一日、東海労組を脱退し、JR東海労を結成するに至り、佐藤がJR東海労の中央執行委員長に選出された。
大阪第三車両所においては、JR東海労結成に先立つ平成三年七月初めころ、東海労組の大阪第三車両所分会で、佐藤の支持、御用組合化への反対を確認したり、同年八月九日の執行委員会でJR東海労への結集を決定するなど、JR総連派の組合員の勢力が圧倒的であった(なお、当時の大阪第三車両所における労働組合の組織状況は、東海労組の組合員が約二〇〇名、国労の組合員が約五〇名、鉄産労の組合員が約三〇名であった。)。そして、JR総連派の組合員一〇五名は、JR東海労に加入し、同年九月八日、JR東海労の大阪第三車両所分会を結成したが、その結果、大阪第三車両所における他の労働組合の組織状況は、東海労組の組合員が九四名、国労の組合員が六四名、鉄産労の組合員が三四名となった。
なお、大阪第三車両所分会は、平成五年二月一日の時点において、九五名の所属組合員を擁し、JR東海労の拠点職場の一つであったが、他の労働組合の組織状況は、東海労組の組合員が一三二名、国労組合員が五八名、鉄産労組合員が三一名であった。
(2) 右のような経緯もあって、被告とJR東海労との関係は、当初から円滑を欠いていた。JR東海労は、被告が組合結成に当たって従業員にJR東海労への加入を断念するよう働きかけたり、JR東海労結成後も、組合員に対する脱退慫慂、便宜供与における他の労働組合との差別など、被告がJR東海労を嫌悪し、その弱体化を目的とした支配、介入を繰り返している旨を主張して、東京都、大阪府、愛知県等の地方労働委員会に対して十数件に及ぶ不当労働行為救済申立てを行ったり、訴訟を提起したりした。そして、被告による脱退慫慂等がJR東海労に対する不当労働行為であると認定され、救済命令が発せられた例も数件ある。
2 訓練計画の実施に至る経緯
(一) 三〇〇系車両の開発等
(1) 被告は、東海道新幹線運行の実績を踏まえ、次世代新幹線として三〇〇系車両の研究、開発を計画し、昭和六三年一月にプロジェクトチームを設け、車両の開発に着手するとともに、地上設備の改良も開始した。
東海道新幹線の高速化を図るためには、車両の軽量化、走行安定性の確保、空気抵抗の低減など様々な工夫が必要であり、三〇〇系車両の開発に際しては、アルミ合金を使用することで充分な強度を確保しながら軽量化を図り、車体の重心を下げ、先頭形状も空気抵抗の少ない形状のものが採用された。また、台車やモーター等についても、従来より軽量で高性能のものを採用し、さらに、安全確保に不可欠なブレーキ性能の向上にも配慮するなど、被告は、三〇〇系車両の開発に関して、多くの新技術を導入した。そして、被告は、個別の試験を行って性能や安全性を確認し、平成二年三月以降は、一編成一六両の試作車を用いて、性能確認試験や速度向上試験、長期耐久試験等の試験走行を重ねた。
このようにして開発された三〇〇系車両は、「のぞみ」号の車両として、平成四年三月一四日のダイヤ改正から、営業運転に供されることとなった。
(2) 平成四年三月のダイヤ改正時点での三〇〇系車両の運行計画は、最高時速を二七〇キロメートル、東京・新大阪間の所要時間を二時間三〇分とし、朝夕二往復の運転をするというものであった。そして、右運行計画に必要な三〇〇系車両は、同年二月以降順次被告に納車された。
「のぞみ」号は、平成四年三月一四日以降営業運転を開始したが、平成五年三月一八日のダイヤ改正からは、山陽新幹線へも直通運転されることとなり、運転区間も東京・博多間に延長され、右区間を五時間〇四分で結ぶことが計画された。そして、運転本数も、東京・新大阪間で上下三四本に増加されることとなった。
(3) 被告の新幹線鉄道事業本部車両部検修課は、「のぞみ」号の営業運転の開始に先立ち、平成四年二月末ころまでに、同本部運輸営業部と調整しつつ、平成四年四月以降平成五年三月までの間の三〇〇系車両を含む新幹線車両全体の台車検査の計画を策定した。右台車検査計画の策定に当たっては、編成別に平成四年三月のダイヤ改正に伴う年間走行キロ数を予測し、これに過去の季節列車と臨時列車の実績を加味した上、全般検査の計画と新車両の搬入計画などの要素も考慮された。さらに、この台車検査計画の策定に当たっては、検査を実施する現場の業務量の平準化を計るため、月ごとに平均化するようにしたが、検査対象の車両数(一九五二両)を大阪第三車両所の検査能力数(一日八両)で除すと、必要な稼働日数は、二四四日となった(ただし、同年六月に業務量の見直しが行われた結果、検査車両数は一九四四両となった。)。
(4) 被告は、三〇〇系車両の最初の台車検査を平成四年九月二九日に予定したが、三〇〇系車両が従前の〇系及び一〇〇系車両と異なる台車を使用していた関係で、右台車検査に先立ち、実際の三〇〇系車両を使って台車交換訓練を行う必要があった。しかし、営業運転を開始した三〇〇系車両の改良の必要から、右台車交換訓練に必要な車両の確保が困難になった。被告においては、平成四年八月初旬、大阪第三車両所での台車交換訓練の具体的日程を詰める段階で、右の事情が判明し、右検査計画を延期することとし、結局、三〇〇系車両の最初の台車検査は、平成四年一〇月二〇日に実施されることとなった。
なお、三〇〇系車両は、台車の構造が〇系及び一〇〇系車両と一部異なるため、三〇〇系車両の台車検査を行うに当たっては、大阪第三車両所の既存の検修設備を三〇〇系車両の台車検査に対応できるように整える必要があった。もっとも、現に走行中の〇系や一〇〇系の新幹線車両の台車検査も継続して行わなければならないため、右改良工事は、既存の検修設備を使用したまま、これと並行して行われることとなったが、同年九月一三日には、三〇〇系車両の台車検査を行うために必要な設備は、一応完成していた。
(二) 訓練計画の策定
(1) 前記のとおり、三〇〇系車両は、台車の構造などの点に、従来の〇系や一〇〇系車両と異なった新技術が導入されていることから、〇系や一〇〇系車両の台車検査の方法と一部異なる方法を採る必要があり、検修設備についても従来の設備に改良等を加える必要があった。
このような事情から、被告は、実際に三〇〇系車両の台車検査を行う前に、大阪第三車両所の従業員に対し、三〇〇系車両と〇系や一〇〇系車両との相違点を中心とした新技術及び三〇〇系車両対応設備の機能確認とその取扱いについて、教育訓練を行う必要があるものと考え、次に述べる考慮や手続等を経て、机上教育、担務別技能訓練及び実際の車両を使って行う台車交換訓練の三つの訓練の実施を計画した。
被告は、三〇〇系車両の台車検査と従前の〇系や一〇〇系車両の台車検査とでは、一部相違する点があるものの、多くの部分においては、同一ないしは同種の作業であることから、基本的に相違する部分についてのみ教育訓練を行うこととして計画を策定した。具体的にいえば、被告は、八時間の机上教育と四時間の担務別技能訓練を行うこととし、新幹線鉄道事業本部車両部検修課から関西支社運輸営業部車両課及び大阪第三車両所に対し、この時間内で訓練を行うよう指示を発した。なお、右時間数は、それより前に行われた大阪第三車両所の助役等が参加した試作車の台車検査の経緯を踏まえて決定されたものであった。大阪第三車両所は、右指示を受けて、関西支社運輸営業部車両課とも調整し、検討した結果、右指示どおりの教育訓練をもって充分であると判断し、川端俊雄検修科長(以下「川端科長」という。)を中心として、大阪第三車両所のどの従業員をどの訓練日に割り当てるかなどの具体的な教育訓練計画を策定した。
右計画においては、平成四年六月から同年七月にかけて机上教育を勤務時間外に行い、担務別技能訓練及び台車交換訓練については、三〇〇系車両の台車検査に必要な「仮台車組立装置」が完成する同年九月以降に終業時間後の時間外労働として行うこととされた。
(2) 前記のとおり、被告は、机上教育、担務別技能訓練及び台車交換訓練をいずれも終業時間後の時間外労働として行うことを計画したのであるが、その理由は、以下の各要素を考慮した結果、右各訓練は、勤務時間内に行うよりも、勤務時間外に行った方が合理的であり、かつ、効率的であるとの判断に基づくものであった。
すなわち、
<1> 右各訓練を勤務時間内に行った場合、当該教育、訓練に参加する従業員が担当するパート(部門)の作業が止まってしまうこととなり、その結果、台車検修ライン全体の停止が余儀なくされる。
また、それを避けるべく、教育、訓練を受ける人員と同数の要員を別に確保することは、年休の時季変更などの措置を取らなければならないなど多くの支障が生じることが予想された。
<2> 休日出勤で右各訓練を行うことは、従業員に対して二時間の訓練のために休日出勤を求めるという不合理が生ずるほか、前年度(平成三年度)に休日出勤を求めて台車検査を行ったことに対して従業員から休日出勤はやめてほしいとの要望があったことから、休日出勤によって右各訓練を実施することは適当でないと判断した。
<3> 特に、担務別技能訓練については、実際の検修設備を使う必要があるが、勤務時間内に訓練を行った場合、通常作業を停止しなければならなくなる。また、作業をしない日を作って、その日に訓練するという方法も考えられるが、平成四年度の上半期の台車検査計画では、作業のない日を設定すること自体が車両の運用上不可能であった。
<4> 担務別技能訓練を勤務時間内に実施する場合、その時点でライン上に設置されている通常業務の対象部品を一旦ラインから外し、訓練用の三〇〇系車両の部品を設置しなければならないが、この作業には、一回に三五分程度の時間を要する。したがって、勤務時間内に訓練を行った場合、訓練終了後の通常作業への復帰の分も含めて、通常の勤務時間のうち計七〇分もの時間をこの作業に費やさざるを得ないこととなる。一方、勤務時間外に訓練を行う場合は、準備要員がこの作業のうち訓練前の入換えを「記録、後片付け」の作業と並行して行うことができるので、時間外労働となる時間は、訓練後の入換えの分だけですむという利点がある。
<5> また、担務別技能訓練を勤務時間内に行った場合、この訓練を行う必要のない輪軸検修班と外注会社のSEK(新幹線エンジニアリング株式会社)については、訓練時間中は検査のための輪軸等の部品が送られてこなくなり、訓練時間中は作業を停止して待っていなければならなくなるという不合理がある(SEKの作業停止時間は、三時間余りとなる。)。
<6> 勤務時間内に訓練を行った場合、訓練対象外の輪軸検修班及びSEKの担当するパートを含めた全パートの者が、結局午後九時四五分まで時間外労働をしなければならなくなる。訓練を勤務時間外に行った場合は、訓練対象者だけが時間外労働となるが、これらの者も午後八時三五分までの時間外労働ですみ、一部の者が片付けのために午後九時一〇分まで時間外労働に従事すればよいことになる。
(三) 訓練計画の具体的計画策定と実施及び訓練計画に関する労働組合の対応
(1) 机上教育の具体的計画策定と実施
被告は、机上教育につき、平成四年二月に開かれた大阪第三車両所の助役会以降具体的な計画策定を開始し、教育の内容を検討した上で、大阪第三車両所独自のテキストを作成することなどを決めた。
そして、平成四年五月に開かれた大阪第三車両所の助役会において、机上教育の時期については、同年六月一五日から同年七月一一日までとすることを決め、同年六月八日、その旨を記載した書面(<証拠略>)を大阪第三車両所の二階にある業務用掲示板、パート別詰所の掲示板に掲示するとともに、各パートの点呼においても、周知徹底を図った。
なお、右机上教育は、事務職を除く大阪第三車両所の従業員の全員を対象とするもので、所属パート毎に受講日が決められ、時間外(午後六時三五分から午後八時三五分まで)に実施するものとされた。そして、各従業員は、四日(合計八時間)の受講を求められたが、指定日に受講できない場合は可能な日に受講すればよいものとされ、また、各従業員は、机上教育に必要な資料の配付を受けていた。
机上教育は、予定どおり実施されたが、対象者二八九名のうち五九名の未終了者が発生した。
そのため、大阪第三車両所は、再度机上教育を企画しようとしたが、平成四年七月上旬、近畿運輸局が被告の保安監査を同年九月八日に実施することが明らかになり、また、前記のとおり、三〇〇系車両の最初の台車検査が同年一〇月二〇日に延期されたことから、当面は保安監査の準備に専念することとし、再度の机上教育は、先送りになった。
なお、机上教育が終了したことは、大阪第三車両所から、関西支社に報告されたが、机上教育の未終了者がいたことは伝わらず、関西支社がそのことを知ったのは、後記のとおり、平成四年九月二一日であった。
(2) 担務別技能訓練及び台車交換訓練の具体的計画策定と実施
被告は、平成四年六月中旬ころから、担務別技能訓練の具体的計画策定に着手し、大阪第三車両所の助役会における討議、関西支社運輸営業部車両課との調整などを経て日程を決定し、同年八月一四日、机上教育における場合と同様、「三〇〇系台車検査教育訓練計画」と題する予定表を掲示板に掲示するとともに、点呼での周知徹底を図った。
具体的日程としては、三〇〇系車両に対応する大阪第三車両所の仮設ラインが同年九月一三日に竣工するのをまって、担務別技能訓練を同月一七日、一八日に設定し、同月一九日を予備日とした。そして、台車交換訓練については、同月三〇日に設定した後、さらに、同年八月一四日以降の対象従業員のパート間の異動を勘案して、同年九月一〇日、前記計画を修正した計画書(<証拠略>)を業務用掲示板に掲示するとともに、点呼で周知徹底を図った。
被告は、右訓練に先立ち、平成四年八月二〇日、訓練対象者全員に対し、各パートの担当主任を通じて、担務別技能訓練のために必要な資料を配付した。
しかるに、一部の従業員の意識が低かったことや、後記のとおり、平成四年九月一四日に国労が、同月一七日に原告らが所属するJR東海労が、それぞれ時間外労働による訓練に応じないとの方針を表明したことなどから、未終了者が多数発生した。そこで、被告は、予備日である同月一九日のほか、同月二一日、二二日にも訓練を実施したが、同月二二日の訓練終了時点で、対象者一七四名中八九名の未終了者が存在した(なお、同月二一日の時点において、JR東海労に所属する従業員で訓練を終了したのは、一名であった。)。なお、平成四年九月二一日、二二日の訓練は、その日の朝の点呼において、管理者が未終了者に対して個別に受講を命じて実施したものであって、未終了者全員の受講が完了した時点で終了するというものであった。
(3) 労働組合の対応
前記のとおり、被告は、平成四年三月一四日、三〇〇系車両を使用した「のぞみ」号の営業運転を開始したが、同年五月六日、三〇〇系車両を使用した「ひかり」号が走行中緊急ブレーキが作動して急停車し、長時間立ち往生するという事故が発生し、それ以外にも、主変換装置や空調設備の故障が多発した。
JR東海労は、被告に対し、三〇〇系車両の耐久試験や性能試験が不充分であり、営業運転開始に合わせるため技術的な問題の解決を先送りにし、各種訓練や教育を怠ったとの認識のもとに、三〇〇系車両の事故原因を徹底して究明し、抜本的な安全対策を採るよう要求していた。JR東海労は、さらに、平成四年七月二日、三〇〇系車両の営業運転の中止を被告に申入れ、同月五日に開催された定期大会では、「『のぞみ』型三〇〇系車両運用を中止し、徹底した事故の解明と万全の対策を確立するための決議」を採択した。
JR東海労は、平成四年八月一四日、被告から、前記担務別技能訓練及び台車交換訓練の計画を示されたが、その前提となる机上教育が不充分であること、担務別技能訓練が時間的に短く不足していること、訓練を終業時間後の時間外勤務(超過勤務)で行うと残業できない従業員が訓練を受けられなくなるおそれがあることなどを理由に、同月一三日及び同月一七日、JR東海労新幹線地本を通じて、被告に対し、机上教育の充実や担務別技能訓練時間の延長、訓練を勤務時間内に行うことを要求した。そして、右要求は、平成四年八月三一日に開催された業務委員会において、関西支社とJR東海労新幹線地本との間で協議されたが、被告は、この要求には応ぜず、担務別技能訓練及び台車交換訓練は、計画どおり実施された。JR東海労は、その後も、勤務時間内に二時間の訓練を行い、勤務時間後(残業)に二時間の通常業務を行うなど全従業員が訓練を受けられるような具体的方策を提案したが、被告の容れるところとはならなかったことなどから、被告がJR東海労指摘の問題を解決しようとせず、名ばかりの訓練を強行するものであるとして、残業拒否の態勢をとったし、国労も、被告に対して、すべての従業員が訓練を受けられる計画等を要求して、訓練に非協力の態度をとった。
被告は、右の事態を打開するため、平成四年九月一八日に国労と、同月二二日にJR東海労と、それぞれ業務委員会を開いて協議したところ、国労は同月一八日から、JR東海労は同月二二日から、訓練に対する非協力体制を解き、右各労働組合の組合員も、訓練に参加するようになった。
なお、被告とJR東海労との右業務委員会における協議の内容は、概ね次のようなものであった。
<1> JR東海労が、被告が計画した訓練を終了した従業員で、さらに訓練を必要と考える者に対する被告の対応を問うたのに対し、被告は、個別に判断すべき問題であり、まず訓練を受講した上で考える事柄である旨を答えた。
<2> JR東海労が、勤務時間内での訓練を基本とし、全従業員が訓練を受けられるよう求めたのに対し、被告は、勤務時間内の訓練の設定は無理であり、あくまで被告が計画した勤務時間外の訓練を受講してもらうのが前提である旨返答した。
(2)(ママ) しかし、被告は、平成四年九月二二日の訓練を終えた時点でも多数の未終了者がおり、このまま漫然と担務別技能訓練を継続しても、訓練期間が長くなるばかりで埒があかず、同年一〇月二〇日に予定されていた三〇〇系車両の台車検査に支障が生じるおそれがあったことや、同年九月二一日、関西支社運輸営業部車両課に机上教育の未終了者の存在が判明したことなどから、同月二二日、二四日以降の訓練を実施しないことを決め、全対象者が確実に受講できるよう再度机上教育、担務別技能訓練及び台車交換訓練の計画を立て直すこととした。
3 再訓練計画の策定
(一) 被告は、平成四年九月二九日、同年一〇月一日以降の机上教育、担務別技能訓練及び台車交換訓練の再訓練計画を発表したが、再訓練計画においても、未終了者全員が確実に受講できるよう予備日が設けられていた。また、再訓練計画は、計画表を業務用掲示板、パート別詰所の掲示板に掲示し、点呼において従業員に周知されたばかりでなく、対象者のうち同年九月二九日に休んだ者及び同年一〇月一日が休日となっている者に対しては、担当者が電話連絡をするなどして伝えられた。
(二) 再訓練計画も、机上教育、担務別技能訓練及び台車交換訓練を内容とするもので、実施日は、机上教育が平成四年一〇月五日、六日、八日、九日、一二日、一三日に、担務別技能訓練が同月一日、二日、一二日、一三日に、台車交換訓練が同月七日に、それぞれ定められたが、当初の計画と同様、実施時間帯は午後六時三五分から午後八時三五分まで、机上教育が合計八時間、担務別技能訓練が合計四時間とされた。
4 時間外労働命令の発令
(一) 就業規則等の定め
被告の就業規則六七条一項は、「会社は、労基法第三三条に該当する場合又は同法第三六条に基づく協定を締結した場合は、労基法第三二条(ただし、政令に定めがある場合はその時間)、同法第三二条の二及び同法第四〇条又は同法第三五条の規定にかかわらず、従業員に労働時間外又は公休日に勤務を命ずることがある。」旨を定め、さらに、同条三項は、「社員は、前各項により労働時間外又は休日等の勤務を命ぜられたときは、正当な理由がなければ、これを拒むことはできない。」と規定されている。
そして、被告とJR東海労との間で締結している基本協約(労働協約)においても、四九条一項、三項に右就業規則と同内容の規定が置かれている。
さらに、大阪第三車両所においては、被告は、平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの一年間及び同年一〇月一日から平成五年九月三〇日までの一年間について、事業場の従業員の過半数を組織する労働組合が存在しなかったため、東海労組、鉄産労及び国労の三労働組合との間で「労働基準法第三六条の規定に基づく時間外及び休日の労働に関する協定」を締結していたが、このことにより、従業員の過半数が所属する労働組合との間で協定が成立したことになり、右協定は、所轄の茨木労働基準監督署に届出がなされている(なお、平成四年一〇月一日から平成五年九月三〇日までの一年間を対象とした協定は、平成四年九月三〇日に締結され、同日、茨木労働基準監督署への届出がなされた。再訓練計画は、この協定の締結を見越して策定されたものであった。)。
右協定二条には、時間外労働を命じうる場合について、
「一 給与・人事に関する事項、予算・決算に関する事項及びその他の事項で事務処理上、時間内でその処理ができないとき
二 要員運用上人員の繰合わせの必要があるとき
三 打合せ会、説明会及び講習会等を時間外に行う必要があるとき
四 業務の性質上、時間外及び休日にわたり処理する必要があるとき
五 災害その他により事故が発生したとき、もしくは、災害の発生が予想される場合において、警戒を要するとき
六 列車が遅延したとき
七 列車の臨時増発等臨時的業務の処理をする必要があるとき
八 前各号に準ずる事態があるとき」の八項目が定められており、三条は時間外労働を命じ得る限度につき、一日八時間、一か月四五時間及び一年間三六〇時間とするなどの制限を設け、さらに、四条において、被告に時間外労働の事前通知義務を課している。
(二) 関西支社運輸営業部車両課長の五十嵐一弘(以下「五十嵐課長」という。)は、平成四年九月二一日、再訓練の実施に当たって、再訓練における受講命令の発令方法につき、関西支社管理部人事課長の藤川紳(以下「藤川課長」という。)と協議した結果、命令の発し方は、掲示や点呼での周知の方法で充分であるが、台車検査が間近に迫っているので、従来のやり方に加えて、個々の従業員に対する時間外労働命令の存在を明確に指示し、その際のやりとりを正確に記録することとした。このような方法を採ったのは、時間外労働命令の実効性が担保できる上、時間外労働命令の発出の有無についての争いの発生が防止できること、万一担務別技能訓練や机上教育の受講を拒否する者がいた場合には、その理由を確認し、それが前記被告の就業規則六七条三項所定の時間外労働義務を免れる「正当な理由」となり得るかどうかの判断に役立つと判断したからであった。五十嵐課長は、さらに、従業員に対する時間外労働命令発出の際、訓練の受講を正当な理由なく拒否した場合には業務命令違反となり得る旨を明確に伝えることや同月二九日や同年一〇月一日(同年九月三〇日は、大阪第三車両所の調整休日であった。)を休日とする従業員に対しては、電話で個別に時間外労働命令を発し、かつ、その確認を行うこととした。
そして、大阪第三車両所の管理者及び関西支社運輸営業部車両課課長代理の大橋敏行(以下「大橋課長代理」という。)らは、平成四年九月二八日、同年一〇月一日以降の訓練受講の命令体制についての打ち合わせを行い、訓練受講の発令方法として、掲示及び点呼を行った上、さらに時間外労働命令を発することとした。また、個々の従業員に対する発令の体制としては、大阪第三車両所等の複数の管理者によるグループを編成し、そのうちの一名が対象者と直接やりとりを行い、他の者がこれを記録することとした。そして、時間外労働を命ぜられた従業員が命令を拒否した場合、拒否の理由が「正当な理由」に該当するか否かがその場で判断できるものは判断し、検討を要すると思われるものは後刻複数の管理者で検討した上で判断することとし、理由が「正当な理由」に該当しないと判断した場合には、重ねて時間外労働命令を発することを申し合わせた。
5 原告らに対する時間外労働命令
(一) 原告宮川について
(1) 被告が平成四年九月二九日に掲示した訓練計画表(<証拠略>)には、原告宮川の訓練受講につき、同年一〇月一日、二日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの輪軸組立作業の担務別技能訓練を、同月五日、六日、八日、九日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの机上教育を、それぞれ受講するよう割り当てられていた。
(2) 平成四年一〇月一日
関西支社大阪第三車両所助役の田中豊(以下「田中助役」という。)及び片山某(以下「片山助役」という。)、関西支社運輸営業部車両課課長代理の中山某(以下「中山課長代理」という。)は、平成四年一〇月一日午前一一時二〇分ころ、原告宮川に対し、同日の担務別技能訓練の受講を確認したところ、原告宮川は、前に述べたように、時間内ならできるが、残業なら無理である旨を告げた。原告宮川は、同年九月二一日の訓練の受講命令を、子供の世話をしなければならないとの理由で拒否したことがあったので、田中助役らは、同様の理由で同年一〇月一日の訓練の受講を拒む趣旨であると考え、原告宮川に対し、検討する旨を告げ、右理由が時間外労働命令拒否の正当な理由に該当するかどうか検討することとし、立ち去った。そして、大阪第三車両所所長の三浦某(以下「三浦所長」という。)、助役(総務科長)の有岡督(以下「有岡科長」という。)、川端科長及び大橋課長代理を交えて検討した結果、原告宮川の子供が小学一年生であることや原告宮川が同年四月に被告に提出した調査表に両親及び妹と同居している旨の記載があることから、一回二時間の時間外労働を合計六回受講するとしても、子供の面倒を一切見ることのできない家庭環境ではないと考え、原告宮川の主張する理由は、時間外労働命令の正当な拒否理由とはなり得ないとの判断に至った。
そこで、田中助役は、拒否の理由を再度に確認し、仮に原告宮川の主張する拒否理由が子供の世話ということであれば、正当な理由とはならず、時間外労働命令を発することとし、片山助役及び中山課長代理とともに、輪軸組立班WNラインに赴き、同年一〇月一日午後五時〇四分ころ、同所において、原告宮川に対し、同日の担務別技能訓練を受講できない理由を告げるよう述べたところ、原告宮川は、拒否理由につき、小学校一年生の子供の世話であり、同居している両親や妹に子供の面倒をみてもらうことはできない、いつなら受講できるかは判断できないと述べた。これに対し、田中助役は、そのようなことは時間外労働命令拒否の正当な理由とは認められない旨を告げた上で、原告宮川に対し、同日の「午後六時三五分から午後八時三五分まで二時間の超勤命令をします。」と告げて、時間外労働命令を発し、右発令の時刻が午後五時〇四分であることを確認し、片山助役及び中山課長代理は、傍らで、右の状況を目視し、確認した。
しかし、原告宮川は、平成四年一〇月一日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(3) 平成四年一〇月二日
有岡科長及び大橋課長代理は、平成四年一〇月二日午前一一時四五分ころ、輪軸組立班のAGWN検査室前において、原告宮川に対し、当日の担務別技能訓練を受講するよう求めた。原告宮川は、これに対して、従前述べていた理由を繰り返し、訓練を受講しない、時間内で計画してもらえれば受講するなどと答え、訓練を受けないとの態度を示したので、有岡科長は、原告宮川に対し、同日午後三時まで猶予を与え、それまでに再度検討するよう命じた。なお、右通告の場には、大阪第三車両所助役の谷内某(以下「谷内助役」という。)も同席していた。
そして、谷内助役、大橋課長代理及び宮地代理は、原告宮川が主張する子供の世話は、時間外労働命令拒否の正当な理由にはならないとの認識のもとで、同日午後三時一五分ころ、輪軸組立班の詰所において、原告宮川に対し、再び同日の担務別技能訓練の受講を求めたが、原告宮川が受講しないと旨(ママ)を告げたため、大橋課長代理は、原告宮川に対し、「今日の一八時三五分から二〇時三五分までの超勤命令します。」と告げて、時間外勤務命令を発したが、原告宮川は、右命令を拒否する旨を告げ、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(4) 平成四年一〇月三日
川端科長及び林助役は、平成四年一〇月三日午後三時三五分ころ、東側クレーン昇口において、原告宮川に対し、同日の台検技術訓練(担務別技能訓練)の受講を求めた。原告宮川は、友人と会う約束があることを理由に、これを拒否した。川端科長らは、一旦大阪第三車両所の所長室に戻り、三浦所長、有岡科長、川端科長及び大橋課長代理と検討した結果、どうしても同日に友達と会わなければならないという必要性について、原告宮川から何らの説明もなされていないことなどから、右理由は、時間外勤務命令を拒むに当たっての正当理由とはならないと判断した。
そして、川端科長と林助役は、同日午後五時三七分ころ、大阪第三車両所の東側クレーン昇口において、原告宮川に対し、「検討した結果、正当な理由と認められないので超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発した。原告宮川は無言であったが、同日の担務別技能訓練には参加しなかった。
(5) 平成四年一〇月五日
田中助役、有岡科長及び大橋代(ママ)理は、平成四年一〇月五日午前一一時五二分ころ、輪軸組立班のAGWN検査室において、原告宮川に対し、同日の机上教育の受講を求めた。原告宮川は、これに対し、受講しない旨を述べたが、理由は告げなかったので、田中助役は、原告宮川に対し、「一一時五二分、一八時三五分から二〇時三五分の超勤命令をします。」と告げて、時間外労働命令を発した。
なお、原告宮川は、同月五日までの机上教育四日間、担務別技能訓練二日間の訓練を一回も受講していなかったため、有岡科長は、同日午後二時一五分ころ、作業中の原告宮川に対し、訓練が残っているので同月八日の特休を変更するか、特休日に出勤しないと教育訓練が終了しないので、右のいずれかの方法で受講するよう促したが、原告宮川は、無言のままであった。
結局、原告宮川は、平成四年一〇月五日の机上教育も受講しなかった。
(6) 平成四年一〇月六日
川端科長及び大阪第三車両所助役の松山某(以下「松山助役」という。)は、平成四年一〇月六日午前一〇時三二分ころ、輪軸組立班AGラインにおいて、原告宮川に対し、同日の机上教育の受講を求めた。原告宮川は、これに対し、用事があるから受講できない、理由は従前と同じである旨を述べたので、川端科長は、「一〇時三二分、今日の一八時三五分から二〇時三五分までの超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
しかし、原告宮川は、同日の机上教育を受講しなかった。
(7) 平成四年一〇月九日
有岡科長及び谷内助役は、平成四年一〇月九日午後一時一二分ころ、大阪第三車両所二階の詰所において、原告宮川に対し、同日の机上教育の受講を求めた。原告宮川は、これに対し、あのような訓練では意味がない、理由は子供のためであるなどとして、受講を拒否したので、有岡科長は、「一三時一二分超勤命令です。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告宮川は、同日の机上教育も受講しなかった。
(8) 平成四年一〇月一二日
川端科長、林助役及び高田係長は、平成四年一〇月一二日午前一一時二七分ころ、輪軸組立班詰所において、原告宮川に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告宮川は、これに対し、理由は前と同じで、家の関係であるなどと述べて、受講を拒否したので、川端科長は、「一一時二七分、本日の一八時三五分から二〇時三五分までの二時間の超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告宮川は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(9) 平成四年一〇月一三日
田中助役、松山助役及び関西支社運輸営業部車両課係長の高田某(以下「高田係長」という。)は、平成四年一〇月一三日午前一〇時二六分ころ、輪軸組立班軸箱取付作業場において、原告宮川に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告宮川は、これに対し、用事があるなどとして、受講を拒否したので、田中助役は、「正当な事由とは認められませんので、一〇時二六分、本日一八時三五分から二〇時三五分まで二時間の超勤を命令します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
そして、原告宮川は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(二) 原告中村について
(1) 前記訓練計画表(<証拠略>)には、原告中村の訓練受講につき、同年一〇月一日、二日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの輪軸組立作業の担務別技能訓練を、同月五日、六日、八日、九日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの机上教育を、それぞれ受講するよう割り当てられていた。
(2) 平成四年一〇月一日
有岡科長、谷内助役及び大橋課長代理は、平成四年一〇月一日午前一一時四〇分ころ、輪軸組立班AGWN検査室において、原告中村に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告中村は、これに対し、前に述べたように無理だ、明日休みをくれるなら今日残業するなどと述べて、受講を拒否をした。原告中村は、同年九月二二日の訓練の受講命令を、家が遠いから時間外労働できないとの理由で拒否をしたことがあったので、有岡科長らは、同様の理由で同年一〇月一日の訓練の受講を拒む趣旨であると考えた。有岡科長らは、一旦大阪第三車両所の所長室に戻り、三浦所長、有岡科長、川端科長及び大橋代(ママ)理の四人で検討した結果、原告中村以外にも通勤に長時間を要する従業員が多数いるが、これらの従業員の大多数が訓練を受講していることなどから、原告中村の主張する通勤に長時間を要することが時間外労働命令拒否の正当理由になり得ないとの結論に達した。そこで、田中助役、片山助役及び中山課長代理は、同日午後五時〇八分ころ、主電動機班検修作業場において、原告中村に対し、原告中村が同日午前中に述べた理由は正当理由に該当しない旨を述べ、「一七時〇八分、今日の一八時三五分から二〇時三五分まで二時間の超勤命令をします。」と告げて、時間外労働命令を発した。
しかし、原告中村は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(3) 平成四年一〇月二日
有岡科長、谷内助役及び大橋課長代理は、平成四年一〇月二日午前一〇時四〇分ころ、輪軸組立班AGWN検査室において、原告中村に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告中村は、これに対し、体調不良を訴えたので、有岡科長らは、原告中村に対し、再考を促した上で、立ち去った。その後、三浦所長、有岡科長、川端科長及び大橋課長代理が原告中村の主張する拒否理由を検討したが、原告中村は見た目も普段と変わらぬ様子であり、仕事は支障なくこなしており、二時間の訓練ができない程の体調不良であるとは認められなかったことから、原告中村の主張する体調不良が時間外労働命令拒否の正当理由になり得ないとの結論に至った。そこで、有岡科長、谷内助役及び大橋課長代理は、同日午後二時五〇分ころ、輪軸組立班AGWN検査室において、原告中村に対し、同日の訓練に参加するよう促したが、原告中村は、体調不良を理由に時間外労働(残業)を拒否し、勤務時間内や休日なら応じるなどと述べたが、有岡科長は、これを認めず、「超勤命令をします。一四時五〇分確認します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告中村は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(4) 平成四年一〇月三日
川端科長、松山助役、大橋課長代理及び吉村課員は、平成四年一〇月三日午後三時一〇分ころ、輪軸組立班詰所において、原告中村に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告中村は、これに対し、風邪で頭が痛いなどと訴えたので、川端科長らは、その場を離れ、大阪第三車両所の所長室で、三浦所長、有岡科長、川端科長及び大橋課長代理で検討した結果、同日の原告中村は一見して二時間の時間外訓練に耐え得ないような体調とは認められなかったことなどから、原告中村の主張する理由は、正当な理由に該当しないものと判断した。そこで、川端科長は、同日午後五時三五分ころ、輪軸組立班AGWN検査室において、原告中村に対し、「あなたの理由について検討したが、十分受講出来ると思われるので、超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発したが、原告中村は、これに対し、「出来ません。」と答えた。
原告中村は、同日も担務別技能訓練を受講しなかった。
(5) 平成四年一〇月一三日
田中助役、松山助役及び高田係長は、平成四年一〇月一三日午前一〇時一一分ころ、輪軸組立班詰所において、原告中村に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めたが、原告中村は、無言であった。そこで、田中助役は、「一〇時一一分、一八時三五分から二時間の訓練を指示します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告中村は、同日も担務別技能訓練を受講しなかった。
(三) 原告福山について
(1) 前記訓練計画表(<証拠略>)には、原告福山の訓練受講につき、同年一〇月一日、二日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの輪軸組立作業の担務別技能訓練を、同月六日及び九日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの机上教育を、それぞれ受講するよう割り当てられていた。
(2) 平成四年一〇月一日
田中助役、片山助役及び中山課長代理は、平成四年一〇月一日午後二時二六分ころ、輪軸組立班詰所において、原告福山に対し、同日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告福山は、これを拒否し、理由も言う必要がないと述べた。そこで、田中助役は、「それでは正当な理由にならない。一四時二六分、今日の一八時三五分から二〇時三五分まで二時間の超勤命令をします。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告福山は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(3) 平成四年一〇月二日
原告福山は、平成四年一〇月二日の担務別技能訓練は受講した。
(4) 平成四年一〇月三日
川端科長、松山助役、大橋課長代理は、平成四年一〇月三日午後三時二五分ころ、輪軸組立班詰所において、原告福山に対し、同日の担務別技能訓練(予備日)の受講を求めた。原告福山は、これに対し、頭痛を理由に受講しない旨を述べた。大橋課長代理が、さらに、同日受講しないと同月一三日の原告福山の特休日に受けてもらうことになると話すと、原告福山は、「休みの日に出て来いとは非常識だ。」などと述べたので、大橋課長代理らは、一旦その場を離れた。その後、川端科長及び松山助役は、同月三日午後五時二五分ころ、輪軸組立班詰所において、原告福山に対し、体調が悪いのなら仕方がないが、同月一三日の特休日に二時間の超勤命令になる旨を告げたところ、原告福山は、勤務時間内に訓練を行うよう計画変更を求め、計画変更ができないとする川端科長と押し問答になった。
結局、この日は、原告福山が体調が悪いと述べたことや原告福山の未受講時間数が比較的少なく、同月一三日に受講すれば訓練を終了する見込みであったことなどから、川端科長は、時間外労働命令を発せず、同日受講しなければ同月一三日の予備日に二時間時間外で訓練を受講しなければならなくなる旨を通告するにとどめた。
(5) 平成四年一〇月九日
川端科長及び林助役は、平成四年一〇月九日午前一〇時二〇分ころ、輪軸組立班詰所において、原告福山に対し、同日の机上教育及び同月一二日、一三日の担務別技能訓練の受講を求めた。原告福山は、これに対し、同月九日の机上教育の受講を受けることを明らかにしたものの、同月一二日、一三日の担務別技能訓練については、当日にならなければ分からないなどと述べたので、川端科長は、「一〇時二〇分です。一〇月一二、一三日超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告福山は、同月一二日の机上教育は受講したが、同月一三日は出勤しなかった。そこで、川端科長は、同日午前一一時四五分ころ、原告福山の自宅に電話をかけたところ、原告福山の父親が対応し、原告福山は出かけており、帰り次第会社に電話をさせるということであったが、原告福山からの電話はなかった。川端科長は、午後一時二〇分ころ、再度原告福山の自宅へ電話をかけたが、誰も電話口に出ず、連絡がつかなかった。そして、原告福山は、同日の担務別技能訓練を受講しなかった。
(四) 原告宮内について
(1) 前記訓練計画表(<証拠略>)には、原告宮内の訓練受講につき、同年一〇月一日、二日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの台車組立作業の担務別技能訓練を、同月六日、八日、九日の各午後六時三五分から午後八時三五分までの机上教育を、それぞれ受講するよう割り当てられていた。
(2) 平成四年一〇月六日
川端科長、松山助役及び高田係長は、平成四年一〇月六日午前一〇時二〇分ころ、台車組立ラインにおいて、原告宮内に対し、同日の机上教育の受講を求めた。原告宮内は、用事があると言ってこれを拒否したので、川端科長は、「一〇時二〇分、今日の一八時三五分から二〇時三五分までの超勤命令を発します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
原告宮内は、同日の机上教育を受講しなかった。
(3) 平成四年一〇月九日
川端科長及び林助役は、平成四年一〇月九日午前一〇時一五分ころ、台車組立ラインにおいて、原告宮内に対し、同月九日及び一二日、一三日の机上教育の受講を求めた。原告宮内は、同日及び同月一三日は受講するが、同月一二日は受講しない旨を述べた。なお、原告宮内は同月一二日の年休を申し込んでいたが、抽選に外れていたため、同年九月二五日の勤務指定では、同年一〇月一二日は出勤とされていた。
原告宮内は、同月九日及び一二日の机上教育は、いずれも受講した。
(4) 平成四年一〇月一三日
川端科長、谷内助役及び本郷課員は、平成四年一〇月一三日午前一一時一六分ころ、台車組立ラインにおいて、原告宮内に対し、同日の机上教育の受講を求めたが、原告宮内は、しんどいなどと言うだけであったため、川端科長は、「それでは一一時一六分、本日の机上訓練一八時三五分から二〇時三五分までの二時間の超勤命令します。」と告げて、時間外労働命令を発した。
しかし、原告宮内は、同日の机上教育を受講しなかった。
6 本件各処分
(一) 被告が平成四年一〇月一日以降の実施した再訓練において、時間外労働命令を拒否した従業員は、原告ら四名のほか一四名の合計一八名であったが、そのうち、原告らを除く一四名の従業員のうち、時間外労働命令を二回以上拒否した者は三名であり、一一名は一回の拒否であった。
被告は、原告らを含む一八名の従業員による時間外労働命令拒否については、正当理由を欠くものと考え、被告の就業規則六七条三項(社員は、前各項により労働時間外又は休日等の勤務を命ぜられたときは、正当な理由がなければ、これを拒むことはできない。)に違反するのみならず、同規則一四〇条一号(法令、会社の諸規程等に違反した場合)及び二号(上長の業務命令に服従しなかった場合)各所定の懲戒事由に該当するものと判断した。
なお、被告は、原告らを含む時間外労働命令拒否者一八名について、再訓練期間終了後、さらに訓練を実施した結果、時間外労働命令拒否による最終的な未終了者は、原告らを含む一二名となった。
(二) 被告は、本件各処分をするに当たって、訓練対象者のうち時間外労働命令を拒否した者は極く少数であり、大多数の従業員は訓練を受けていること、前記のとおり、原告らを含む時間外労働命令拒否者一八名につき再訓練期間終了後さらに訓練を設定せざるを得なかったことなどの事情を考慮し、原告らを含む時間外労働命令拒否者については、就業規則違反として厳正に対処することとした。
右原告らを含む一八名は、形式的にはその全員が被告の就業規則一四〇条一、二号所定の懲戒事由に該当するが、拒否の態様につき各人に差異があることから、被告は、過去の同種業務命令違反の事例も参考にした上で、時間外労働命令拒否の態様に応じて、処分の量定に差を設けることとした。そして、被告は、拒否回数が多い程就業規則違反の態様が悪質であると判断し、一回のみの拒否者については保留とし、三回以上拒否した者(原告らのうちでは、原告宮川及び原告中村がこれに該当する。)については、被告の就業規則一四一条一項の懲戒の対象とし、量定としてはその下限である戒告を選択した。また、拒否回数二回の者(原告らのうちでは、原告福山及び原告宮内がこれに該当する。)については、同条一項の懲戒ではなく、同条二項に該当するものとし、量定として訓告を選択した。なお、訓告については、被告の就業規則一四一条二項に「懲戒を行う程度に至らないものは訓告又は厳重注意する。」と規定されており、被告においては、懲戒処分には該当しないものとして取り扱われている。
(三) 本件各処分の発令、通知
(1) 被告は、戒告の対象者については被告の本社主催の賞罰審査委員会で、訓告の対象者については関西支社の賞罰審査委員会で、それぞれ審議した後、平成四年一二月一日付で、原告宮川及び原告中村並びに国労所属の従業員二名の合計四名に対し、それぞれ戒告の懲戒処分を発令し、原告福山及び原告宮内並びに国労所属の従業員一名の合計三名に対し、それぞれ訓告の通知をした。
(2) 右戒告及び訓告の処分を受けた原告らを含む七名の従業員が、それぞれ労働協約に定める「苦情申告」(基本協約二七二条一項、国労とは労働協約六一条一項)を申し立てたため、被告は、国労の所属組合員三名については平成四年一二月一七日に、JR東海労の所属組合員四名(原告ら)については同月二二日及び二五日に、いずれも関西支社において、地方苦情処理会議を開催したが、この苦情処理会議は、労使双方の代表者で構成するもので、労働組合の組合員が労働協約や就業規則の解釈、適用に関する苦情を有する場合に、その解決を図るための機関であるが、原告らに関する苦情処理会議においては、被告とJR東海労との間で、前記協約に定める「正当な理由」についての解釈が対立した。そこで、苦情処理会議は、平成五年一月二七日、右協約二八七条に基づき、中央苦情処理会議に上移され、協議が続けられたが、被告とJR東海労の意見は一致をみなかった。
二 以上認定の事実に基づき、原告らの請求の当否につき検討する。
1 再訓練計画の不当性について
(一) 前記認定の事実によれば、被告は、「のぞみ」号の運行区間の延長や増便等により、営業運転に使用される三〇〇系車両が増加するに当たって、従前の車両(〇系、一〇〇系)と装備や構造が異なる三〇〇系車両の検修を行う必要から、訓練の実施を計画した。そして、平成四年九月二一日、机上教育の未終了者の存在が判明したことなどから、同月二二日、同月二四日に予定されていた訓練を中止することを決め、全対象者が確実に受講できるよう再度机上教育、担務別技能訓練及び台車交換訓練の計画を立て直すこととして再訓練計画を策定し、同月二九日、これを発表し、従業員に受講を求めたのである。
このような訓練の計画や実施は、乗客の安全や運行条件を確保するため、当然に必要なものということができ、被告が三〇〇系車両の検修に備え、大阪第三車両所において、訓練計画を定立すること自体は、何ら問題とされるものではない。さらに、被告が右訓練計画を策定するに当たっては、現に行っている業務への支障の有無や訓練受講者の数、代替要員の確保、円滑な訓練の実施のための方策等諸般の事情を総合考慮した上で、どのような日程で訓練を行うか、いかなる時間帯に訓練を実施するか、どのような内容の訓練をどのような順序、方法で実施するかなどの事柄については、経営判断に基づく裁量権があるというべきであり、再訓練計画の当否を判断するに当たっても、被告が明らかに不合理な計画を策定したり、従業員に対して必要以上の過重な負担を強いるなど、被告が右裁量の範囲を逸脱して計画を策定したと評されるような事情がない限り、被告の判断は尊重されるべきである。
そして、前記認定の事情に鑑みれば、被告が決定した再訓練の内容、日程、実施時間帯等については、台車検査の開始時期が迫っていたこと、対象者全員に受講させる必要があったこと、本来の業務への影響を最小限度に抑えなければならなかったことなど、いずれもそれなりの理由や必要性に基づくものであったということができる。確かに、時間外労働として実施される再訓練に参加すれば、退社時間が遅くなるなど、従業員の負担が増加することが容易に推測されるものの、右に述べた再訓練の必要性や再訓練が比較的短期間に設定されていたこと、予備日が設定されるなど割り当てられた訓練日に支障がある場合に柔軟な取扱が可能であったこと、後記マイクロバスの増発等の便宜的措置、この訓練が当初計画された訓練を受講しなかった従業員を対象にした再訓練という性格のものであったことなどの事情に照らせば、再訓練計画は、相応の合理性があったというべきである。
(二)(1) これに対し、原告らは、<1>被告が担務別技能訓練及び台車交換訓練の実施計画を策定したのは平成四年八月一一日であり、机上教育の未終了者の存在は、この時点で判明していたことからすれば、被告には当初関係従業員全員を対象として訓練を行う意思がなかったことは明らかであるにもかかわらず同年一〇月二〇日の三〇〇系車両の台車検査実施の直前になって、机上教育の未終了者を含めた関係従業員全員に訓練を受講させようとして、杜撰な再訓練計画を立案した、<2>被告が再訓練計画を発表し、従業員に受講を命じたのは、訓練開始日の前日である平成四年九月三〇日の夜以降であり、また、再訓練計画は、超過勤務が可能な従業員は超過勤務で受講し、超過勤務ができない従業員は勤務時間内に訓練を実施するという方法を採れば、全員が訓練を受けられる空白日を設けなくても、その実施は可能であったにもかかわらず、被告は、対象者全員に対する時間外労働による訓練を計画し、これを強行したことから、延べ六〇名以上の従業員に対する訓練を特休日や年休日の午後六時三〇分以降の時間帯に割り当て、休日の夕刻に訓練を受けるためだけに出勤することを強要することとなったばかりでなく、原告中村や原告宮川など、従業員の中には、片道の通勤時間が二時間から二時間四〇分もかかる者がいるが、訓練の終了時刻が午後八時三〇分になれば、帰宅は深夜になってしまうなど、再訓練計画は、従業員に対する周知や従業員の都合を無視した不当なものである、<3>関係従業員全員の受講を求めるのであれば、余裕をもった訓練期間の設定が必要であるにもかかわらず、被告は、当初計画されていた平成四年九月二四日以降の訓練を中止し、再訓練計画を策定したのであるなどと主張して、被告の再訓練計画の不当性を強調し、ひいては、この訓練の受講を命じた時間外労働命令も不当である旨を主張する。
(2) しかしながら、前記認定の事実によれば、被告(関西支社)に机上教育の未終了者の存在が判明したのは平成四年九月二一日であり、大阪第三車両に(ママ)おいては、机上教育の未終了者が明らかになったと思われる平成四年七月一一日以降再度机上教育を行おうとしていたが、保安監査への対応などから実施することができなかったのであるから、被告の関係従業員全員を対象として訓練を行う意思がなかったとはいえないし、再訓練計画が杜撰であると評価すべき事情も見出すことができない。
よって、原告らの前記<1>の主張は採用できない。
(3) また、前記認定の事実によれば、被告が再訓練計画を発表したのは平成四年九月二九日であり、同年一〇月一日の再訓練計画実施の直前ではあったが、被告は、掲示や点呼の際の告知によって、その周知を図ったばかりでなく、休日をとった従業員に対しては、個別に電話で通知したことなどの事情に鑑みれば、再訓練計画が従業員への周知を欠いていたとはいえない。そして、被告は、再訓練を時間外労働(午後六時三五分から午後八時三五分まで)によって実施するとの計画を立てたが、訓練日が休日の従業員に対しては、本人の申告により予備日に変更するなどの扱いを行うこととしていた(この事実は、<人証略>の証言によって認めることができる。)。また、大阪第三車両所がある鳥飼車両基地とJR千里丘駅、阪急茨木市駅との間には路線バスが運行されており(午後八時、九時台にも数本の運行がある。)、被告も、JR茨木駅との間に通勤バスを用意しており、訓練期間中、午後九時前後の時間に、通勤バスを増発したり、その一部を通常のマイクロバスから大型バスに変更した。このため通勤に二時間以上を要する従業員は、大阪第三車両所の従業員の約一〇パーセントであったが、JR東海労所属の組合員も含め、その大多数が勤務時間外の訓練に参加していた(これらの事実は、<証拠・人証略>によって認めることができる。)のである。さらに、(証拠・人証略)、原告宮川及び原告宮内の各本人尋問の結果によれば、大阪第三車両所においては、一日の拘束時間が一〇時間とされていたことから毎週水曜日が休日(調整休日)であったほか、従業員には特別休日が付与されていたため、日曜、祝日等を含めた平成四年度の原告宮川及び原告宮内の休日数は、一週間当たり二・九四日であり、その余の原告らを含む大阪第三車両所の他の従業員についても同様の状況であったと推測される。)(ママ)ほか、これ以外に年次有給休暇を取得することもできたことなどの事情を総合して考慮すれば、再訓練計画が従業員の都合を無視した不当なものであるということもできず、したがって、原告らの前記<2>の主張も採用できない。
(4) さらに、平成四年九月二四日以降の訓練は、前記認定のとおり、未終了者を個別に受講させることを目的とし、未終了者がいなくなれば実施されないという性格のものであることに鑑みれば、被告が同日以降も訓練の実施を継続する予定であったとはいえないし、また、再訓練は、予備日も設定され、これが円滑に実施されれば、対象とされた全従業員につき訓練が終了するよう計画されたといえることに鑑みれば、余裕のある訓練期間が設定されなかったともいえない。
よって、原告らの前記<3>の主張は採用できない。
(三) 右判示のとおり、被告の策定した再訓練計画は、原告らが主張するような不当なものとはいえず、また、本件に顕れた諸事情に照らしても、当初の訓練計画はもとより、再訓練計画が被告の裁量の範囲を逸脱したものということはできない。
したがって、原告らの訓練計画自体が不当である旨の主張は採用できない。
2 時間外労働命令の存否について
原告らは、原告らに対して発せられた時間外労働命令の一部(原告中村に対する平成四年一〇月一三日の時間外労働命令、原告福山に対する同月一日、一三日の各時間外労働命令及び原告宮内に対する同月一三日の時間外労働命令)につき、その存在を争っているので、その点について検討する。
(一) 原告らは、右各時間外労働命令の存在を否認し、右各時間外労働命令が発せられた(ただし、原告福山に対する平成四年一〇月一三日の時間外労働命令が発せられたのは、同月九日であった。)旨の記載がある前掲(証拠略)の信用性を争っている。
しかしながら、(人証略)の証言によれば、これらの証拠は、時間外労働命令が発せられた現場に居合わせた管理者が作成したメモの記載を、大橋課長代理がワープロで清書したものであることが認められる。そして、前記認定の経緯によれば、これらの書証のもととなったメモは、被告が、時間外労働命令が発せられたことを明らかにし、後に時間外労働命令の存否を巡っての紛争の発生を防止する趣旨で作成されたものであり、時間外労働命令が発せられたことを記録し、証拠として保全することを意識していたことが明らかというべきであるから、一般的にみて、その信用性は高いと考えるべきである。
右書証の記載からすると、もととなったメモは、従業員との間の種々のやり取りを要約したものであり、当該会話のすべてを忠実に記録したものとはいえないにしても、また、個々の具体的な表現どおりではなかったとしても、少なくとも、その趣旨においては、実際の現場でのやり取りをほぼ正確に反映したものということができるし、ことに、その作成の目的から考えると、時間外労働命令が発せられたか否かの点については、充分信用に値するといわなければならない。
(二) 確かに、原告福山に対する平成四年一〇月一三日の時間外労働命令(発令は同月九日)に関しては、その時刻を午前一〇時二〇分とする(証拠略)と、午前一〇時一二分とする(証拠略)(平成四年一二月二五日に被告の関西支社で開催された地方苦情処理会議の際に被告が作成した議事録)との間に食い違いがあるが、誤記等の可能性を考えると、右の点は、それほど重大な相違とは考えられず、したがって、そのことから直ちに、原告らに対する時間外労働命令の根拠とした前記書証の信用性が失われるものではないというべきである。
(三) その他、前記書証の記載内容の真実性について、本件証拠上、これに疑いを挾むべき事情は窺えないのであるから、原告らの前記主張は、これを採用することはできず、原告らに対する時間外労働命令は、前記認定のとおりに発せられたというべきである。
(四) なお、原告福山は、平成四年一〇月一三日が原告福山の特別休日であり、出勤を命ずるためには休日出勤命令を発しなければならないはずであるにもかかわらず、実際に発せられたのは超過勤務としての時間外労働命令であったことを理由に、この時間外労働命令は無効である旨を主張する。
確かに、前記認定のとおり、川端科長は、平成四年一〇月九日、「一〇時二〇分です。一〇月一二、一三日超勤命令を発します。」と告げているのではあるが、それまでの経緯からすれば、右命令が同月一三日の午後六時三五分から午後八時三五分までの時間外労働命令であることは明らかであり、「超勤命令」の言辞を用いたとの一事をもって、右命令が無効になるものでないことは当然というべきである。
3(一) 右判示のとおり、原告らに対しては、被告主張のとおり、時間外労働命令が発せられたというべきである。
(二) そして、前記認定の事実によれば、被告の就業規則六七条一項は、「会社は、労基法第三三条に該当する場合又は同法第三六条に基づく協定を締結した場合は、労基法第三二条(ただし、政令に定めがある場合はその時間)、同法第三二条の二及び同法第四〇条又は同法第三五条の規定にかかわらず、社員に労働時間外又は公休日に勤務を命ずることがある。」と規定し、同条三項は、「社員は、前各項により労働時間外又は休日等の勤務を命ぜられたときは、正当な理由がなければ、これを拒むことはできない。」と規定している。さらに、被告とJR東海労との間で締結している基本協約においても、四九条一項、三項に右就業規則と同内容の規定が置かれ、大阪第三車両所においては、被告は、平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの一年間及び同年一〇月一日から平成五年九月三〇日までの一年間について、事業場の従業員の過半数を組織する労働組合が存在しなかったため、東海労組、鉄産労及び国労の三労働組合との間で「労働基準法第三六条の規定に基づく時間外及び休日の労働に関する協定」を締結し、このことにより、従業員の過半数が所属する労働組合との間で協定が成立したことになった。そして、右協定は、所轄の茨木労働基準監督署に届出がなされているが、原告らに対する時間外労働命令が、右協定二条三号の「打合せ会、説明会及び講習会等を時間外に行う必要があるとき」に該当することは明らかである。
したがって、右諸規定によれば、被告の従業員は、再訓練の実施に関する時間外労働命令につき、「正当な理由」のない限り、これを拒むことはできないことになる。
4 そこで、原告らの時間外労働命令許(ママ)否につき、右「正当な理由」があったか否かを検討する。
(一) 右「正当な理由」は、被告の就業規則六七条三項が特に事前の申告を要求していないことや病気など急に生じた身体的状況やその他の事由を考えれば、必ずしも常に事前の申告を要するとはいえないまでも、「正当な理由」の存否が専ら従業員側の事情に関わるものであり、多くの場合被告がこれを知ることが困難であること、被告の側でも代替要員の確保等事前に対処する方法を講じる必要があることなどの事情に照らせば、労働契約関係における信義則上、従業員に予め分かっていることであれば、事前に上司に申告し、その了解を得ることが要求されると解すべきである。
そして、事前の申告が困難な場合には、事後的、客観的な見地からみて、相当と認められる事由があれば、「正当な理由」に該当し、そのことを理由とする時間外労働命令許(ママ)否が正当化されるものと解するのが相当である。
(二) 右の見地から、各原告の時間外労働命令拒否に係る「正当な理由」の存否について検討する。
(1) 原告宮川
原告宮川の時間外労働命令拒否は、前記認定のとおり、合計八回に及ぶものであるが、その理由とするところは、いずれも子供の世話、しんどいなどというものであって、時間外労働命令を拒否する理由としての具体性を備えたものとはいえない。
もちろん、遠距離通勤者であり、かつ、妻を亡くして、当時小学一年生の子を抱えた原告宮川が、両親や妹と同居しているとはいえ、子供の世話を行う必要から、どうしても終業時間後に予定された訓練を受講することができない場合があることは推測できるものの、前記認定の事実に表われた原告宮川の対応は、そのような具体的な事情を示すでもなく、また、代替日を申し出るなど、自らの家庭の事情と訓練受講との両立を図ろうと努めた形跡もない。
さらに、原告宮川と管理者との間に交わされた前記やり取りをみても、原告宮川は、通勤に時間がかかることを理由に、終業時間後の時間外労働による訓練は受けられない、勤務時間内なら受講する、被告が計画した訓練など役に立たないなどの主張を重ね、時間外労働による訓練の受講や被告の計画した訓練の受講それ自体を拒否するかのような言動にまで及んでいたのである。
これらの事情に鑑みれば、原告宮川に、前記各時間外労働命令を拒否するに足る「正当な理由」があったとすることはできない。
(2) 原告中村
原告中村の時間外労働命令拒否は、前記認定のとおり、合計四回であり、その理由とするところは、専ら体調不良ということであったが、風邪をひいた、疲れるなどと訴えるだけで、発熱等の症状を具体的に申告することもなかった。また、原告中村は、訓練実施日の変更を口にしてはいるが、右変更は、原告中村の日常の作業と関係のない訓練の予定日を希望するものであり、さらに、翌日を休日にするなら参加するなどと述べるなど、原告中村の時間外労働命令拒否の理由は必ずしも一貫せず、管理者との対応においても、真摯かつ誠意があったとはいえない。
確かに、原告中村は、急性胃腸炎で平成四年一〇月五日から九日まで自宅で療養しており、同月一二日から出勤したのではあるが、同日及び同月一三日は、特段の支障もなく午後六時時(ママ)三五分まで所定の業務に就いていた(これらの事実は、<人証略>の証言によって認めることができる。)のであって、仮に、受講できないほどに体調が悪かったのであれば、その旨を具体的に申告することは容易であったと推測されるにもかかわらず、そのような行為に出た形跡もないのであるから、右の事情が同日(一〇月一三日)の時間外労働命令を拒否するについての「正当な理由」になるものとはいえない。
右の事情に照らせば、原告中村に、前記各時間外労働命令を拒否するに足る「正当な理由」があったとすることはできない。
(3) 原告福山
原告福山の時間外労働命令拒否は、前記認定のとおり、合計二回であったが、原告福山は、その理由を明確にせず、訓練日を増やせとか、訓練を勤務時間内に行うよう求めることに終始した。
このような原告福山の対応からすれば、原告福山に、前記各時間外労働命令を拒否するに足る「正当な理由」があったとすることはできない。
(4) 原告宮内
原告宮内の時間外労働命令拒否は、前記認定のとおり、合計二回であったが、原告宮内は、これらの時間外労働命令に対し、用事があるとかしんどいなどと述べただけで、その理由を具体的に明確にしなかった。
このような対応に鑑みれば、原告宮内に、前記各時間外労働命令を拒否するに足る「正当な理由」があったとすることはできない。
(三) 右判示のとおり、時間外労働命令を拒否したことにつき、原告らに「正当な理由」の存在を認めることはできない。
そうすると、原告らは、いずれも被告のなした業務命令を故なく拒否したことになる。そして、このことは、被告の就業規則六七条三項に違反し、一四〇条一号(法令、会社の諸規程等に違反した場合)及び二号(上長の業務命令に服従しなかった場合)各所定の懲戒事由に該当するといわなければならない。
5(一) 被告が本件各処分を行った経緯は、前記認定のとおりであるが、従業員の非違行為に対して処分を行うか否か、どのような処分に付するかについては、原則として使用者たる被告の裁量に委ねられており、被告に付与された裁量の範囲を逸脱しない限りにおいては、その判断が尊重されるべきである。
(二) そして、前記認定の事実によれば、被告は、再訓練計画実施のために発した時間外労働命令の拒否者に対する処分につき、訓練対象者のうち時間外労働命令を拒否した従業員が少数であり、大半は訓練を受けていること、原告らを含む時間外労働命令拒否者一八名につき再訓練期間終了後さらに訓練を設定せざるを得なかったことなどの事情を考慮し、原告らを含む時間外労働命令拒否者については、就業規則違反として厳正に対処することとした上で、右一八名は、形式的には被告の就業規則一四〇条一、二号所定の懲戒事由に該当するが、拒否の態様につき各人に差異があることを考慮し、過去の同種業務命令違反の事例も参考にした上で、時間外労働命令拒否の態様に応じて、処分の量定に差を設けることとした。そして、被告は、拒否回数が多い程就業規則違反の態様が悪質であるとの判断のもとに、拒否が一回の従業員については処分を行わないこととした。被告は、さらに、時間外労働命令を三回以上拒否した従業員については、被告の就業規則一四一条一項の懲戒の対象とし、量定としてはその下限である戒告を選択した。また、拒否が二回の従業員に対しては、同条一項の懲戒ではなく、同条二項に該当するものとし、懲戒処分ではない訓告の処分を選択したのである。
(三) 再訓練計画が三〇〇系車両の営業運転を拡張するにつき高度の必要性を有していたこと、大多数の対象従業員が計画された訓練を受講したことなどの事情を考えると、被告が再訓練受講のための時間外労働命令を拒否した従業員に対し、懲戒処分等の何らかの措置を講ずることを決定したとしても、それはやむを得ないことというべきである。そして、被告が、時間外労働命令を拒否した従業員に対し、その拒否回数に応じた処分等を行うこととしたことについても、相応の合理性があり、これを不当とすべき事情も見当たらない。
6 懲戒権(処分権)の濫用の主張について
これに対し、原告らは、本件各処分が被告の懲戒権(処分権)の濫用であり、無効である旨を主張するので、この主張について検討する。
(一) 原告らは、被告が平成四年九月二二日に行われた関西支社とJR東海労との業務委員会において勤務時間内において訓練を行うとの合意を一方的に破棄し、再訓練計画を強行した旨を主張する。
しかしながら、右業務委員会における(ママ)大阪第三車両所は、前記認定のとおり、訓練の追加や勤務時間内の訓練実施を基本とするよう求めたJR東海労に対し、被告が策定した訓練を実施した上で個別に検討するとの立場に終始していたのであって、これを超えて、被告が勤務時間内の訓練実施を約束したとの事実を認めるに足る的確な証拠はないし、前記時間外労働命令発令の際の原告らと被告の管理者とのやりとりにおいても、原告らから右主張のような反論がなされた形跡もないことに鑑みれば、右合意が成立していたとすることはできず、したがって、原告らの右主張は、その前提を欠くものであるから、採用できない(このことは、大阪第三車両分会青婦部作成に係る書面での宣伝や同様の趣旨を記載した国労の書面の掲示に対して被告が抗議や撤回要求を行わなかったとしても変わりはない。)。
もっとも、前記認定の事実によれば、いずれも関西支社との業務委員会を経た後、国労が平成四年九月一八日に、JR東海労が同月二二日に、再訓練計画に対する非協力体制を解いており、このことからすれば、国労やJR東海労が、被告が勤務時間内の訓練実施を約束したとの認識を有していた可能性が窺えるのではあるが、仮にそうであったとしても、JR東海労と被告との間に原告ら主張のような合意が成立していたといえないことは明らかである。
(二) 原告らは、さらに、各原告についての個別の事情を掲げ、被告の懲戒権(処分権)の濫用を主張する。
(1) 原告宮川に関する事情は、遠距離通勤、子供の面倒、同居の母親の体調不良、JR東海労の指示であり、原告中村に関する事情は、遠距離通勤、体調不良、時間外労働命令の認識の欠缺、日程上訓練の終了が不可能であったことである。また、原告福山に関する事情は、JR東海労の役員であることを理由とする差別的取扱であり、原告宮内に関する事情は、再訓練計画の内容やこれを強行したことの不当性、時間外労働命令の曖昧さや原告福山(ママ)におけるその認識の欠缺、他の従業員との差別的取扱である。
(2) しかしながら、右の諸事情は、前記判示の諸事情と総合して考慮したとき、原告らの時間外労働命令拒否に対する責任を軽減し、処分を不要にさせるに足るものとはいえないから、原告らの右主張は採用できない。
(三) 右判示のとおり、原告らの懲戒権(処分権)の濫用の主張は、いずれも失当といわなければならず、本件各処分が被告に与えられた裁量権を逸脱し、無効であるということはできない。
7 不当労働行為の主張について
(一) 原告らは、本件各処分が、被告がJR東海労を嫌悪し、その弱体化を図って行った不当労働行為に該当し、無効である旨を主張する。
(二) 確かに、原告らは、JR東海労の組合員であり、かつ、原告福山はJR東海労新幹線地本執行委員の、原告宮内は大阪第三車両所分会執行委員の、各役職にある。
そして、被告とJR東海労との間には、前記認定のとおり、数々の問題が発生し、各地の労働委員会に救済申立事件や各裁判所に訴訟事件等が継続(ママ)したり、被告のJR東海労に対する不当労働行為を前提とした救済命令が数件発せられるなど、被告とJR東海労とが相当深刻な対立関係にある。
さらに、前記認定の事実経過のように、三〇〇系車両の安全性やその台車検査のための教育や訓練に関しても、その実施方法や訓練内容を巡って、多くの対立や衝突が生じていた。
(三) しかしながら、前記認定の事実によれば、JR東海労の組合員の多くの者が被告の計画した再訓練計画を受講したのであり、再訓練計画の受講拒否がJR東海労の組織的な方針のもとに行われたものであるとはいえない。したがって、本件各処分は、被告がJR東海労の組織的方針自体に反発して行ったものと断定することはできない。
また、本件各処分を行うに当たって、被告は、前記のような基準を定めた上で、この基準に従って、機械的に処分等の要否や種類を決定したのであって、これらの処分の対象者には、JR東海労の組合員のみならず、国労の組合員たる従業員三名も含まれているのである。
これらの事情に照らせば、本件各処分は、被告がJR東海労を嫌悪し、その弱体化を図って行った不当労働行為であると断定することはできない。
(四) 確かに、前記認定の事実によれば、JR東海労が被告相(ママ)手方として地方労働委員会に申し立てた事件に関し、被告の不当労働行為を認定し、救済命令を発した例があることが認められるが、そのことから直ちに、本件各処分が不当労働行為であったと認定することはできない。
(五) よって、原告らの前記主張は採用できない。
(六) なお、原告らは、本件各処分がかつて被告において運行車両の無免許運転が発覚した際に行われた処分に比して、重きに失する旨を主張する。
しかしながら、右無免許運転が行われた経緯や被処分者の関与態様は、本件証拠上明らかでなく、したがって、その際の処分と本件各処分とを比較することは困難といわなければならない。
そして、前記判示のとおり、処分の要否やその量定は、処分権者の裁量に委ねられているというべきところ、右の事情だけでは、本件各処分が被告に与えられた裁量権の逸脱とすることはできないというべきであるから、原告らの右主張も採用できない。
三 以上判示の次第で、被告が原告らに対して行った本件各処分に無効事由があったということはできないから、本件各処分は、適法というべきである。
したがって、原告らの本件各処分の無効確認請求は失当であり、棄却を免れない。
また、本件各処分の違法を理由とする原告らの損害賠償請求も、前提を欠くことになるから、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
よって、本件各請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)